第八話 虹

美鈴おかーさん 美鈴おかーさん

上白沢慧音は、戸惑っていた。
昨今人里に見受けられる妖怪への恐怖を忘れがちな風潮を憂い、人里にて自らの寺子屋を作るという目標のための方々への根回し、そして子供達と顔を合わせていく内に、最近しょっちゅう耳に入るようになった名前。紅美鈴。
人側とは言い切れない妖怪で、人に優しい。今ひとつ計りかねていた、そんな相手の突然の訪問に、どう対応すべきか、慧音は困り顔。
しかし初対面の美鈴があまりに柔和であったがために家内に招かざるを得ず、応答の後にお茶に菓子を差し出して、一言二言。探りの言葉をかけるべきか、それとも語らせるべきか。そんな悩みに僅かな沈黙が降りた頃合い。

「ふふ。このお菓子、お上品な味ですね。とっても、美味しいです」
「ふむ……」

そんな中で自由にもぐもぐ。だんまりな家主の前でも居心地の悪さなど微塵も感じさせない、朗らかな笑顔が目の前で咲き続けていることに慧音はうなり、思慮を捨てる。これ程の暢気の前で構え続けるのも馬鹿らしいことだと、思ったから。
慧音は素直に応える。

「ひいきにさせて貰っている和菓子店は老舗、ということもあるのか随分と材料に調味に拘りがあるようでね。値はそこそこ張るが、中々のものだろう? 貴女が手伝っている団子屋の味も人気があるけれども、趣の違いは随分とあるかもしれないな」
「そうですねぇ。お爺さんお婆さんのたっぷりお砂糖を使ったものとは違って、こちらは素材を甘味で引き立てている、そんな印象です。でも、どちらも外の世界の数多い甘味に負けないくらいにとっても美味しいですよ」
「へぇ。それはそれは。何だか嬉しいことを聞けたよ」

喜色満面の美鈴に合わせたように、慧音の表情も綻ぶ。地元の甘味屋、それが褒められたことが我がことのように、嬉しくて。
自分が美味しいと思っているお気に入りが、外から来た者――それが変わり者の妖怪とはいえ――に同意されて、快くならない訳がなかった。
更に、慧音が住む幻想郷の環境が、外の世界――現代社会――から幻想保護のために結界によって隔離されているという事実も笑顔に関係している。鎖された世界で、外の世界が気にならない訳がない。
外は大概つまらぬばかりと聞き及んでいるが、甘い物ばかりは沢山あるようだ。出来れば一度はそれを味わってみたくもある。さわりとも未知の一部を知れたことは、頭でっかちな少女には想像広がる思いで、素直に面白いと言えることだった。

やがて、そのままするすると、会話は広がっていく。どちらが話を始めたところで、この二人、存外受け取り方が上手かった。
美鈴の感情表現豊かな笑顔の同意に、慧音の条理に基づいて受け容れる頷き。共に良識的であるからに、そうそう意見の相違はない。話はスムーズに続き、人里の子供の話題に至って、白熱した。
親の視点と教師の視点。互いに子を思っていようとも見方違うことにて語れる部分は多い。子を育てることと導くことの違いや、どこまで手を貸し、痛みを容認するべきか等など。
時によって変化する、子に科す強度にまで話が至った時、慧音は、はたと思い出した。

「私としては不良と健康の境を保護者が一方的に決めるのは反対なのだが…………あ」
「どうしました?」

美鈴を家に入れてからもう一刻は過ぎている。けれども、その間に用向き一つすら聞けていない。社交辞令の話題が随分と飛びすぎていたと、慧音は反省する。
何時か寺子屋で教鞭をとる望みが果たせたとしても、話を適当に切れなくては拙いだろう。これは、良くない。
薄く頬を染めて、道具として湯飲みを使いながら、慧音は話を戻す。

「ふぅ。お茶が美味しいね。……では、今更かもしれないが改めて。ここに来たのは何の用があってのことだったのかな?」
「あ、恥ずかしながらお話が楽しくって、忘れかけていました。大事なことなのに……あの。まずお尋ねしたいのですが、慧音さんは人間側の妖怪である、と聞き及んだのですが、それで正しいですか?」
「うーん。正確には私は半分人だから、そう在りやすいというのもあるのだが……はは。まあ概ね正解かな」

美鈴に頷いてから、慧音は中途半端な存在である自分を思い、からりと笑う。
慧音は珍しい、人間の側に立つことを選んだ妖怪である。半人半妖とはいえ後天的に妖怪化したという出自。そして、人に有り難がられるワーハクタクのハーフであるということは、人間に寄った大きな因ではある。
だがそもそも、彼女の性があやかしの混沌には合わなかった、というのが一番大きかったのかもしれない。歴史に直に触れられる妖怪少女は、理論整然とした明るい世界を好む。
続く美鈴の話の先を想像し、目を瞑りながら慧音は先を促した。

「それで、美鈴。どうして貴女はそんなことを訊いたのかな?」
「ええと……実は、出来れば、皆に人の隣にあることを認めて欲しい子が居まして……その子は、人の間でなければ、生きていけないので……先輩、と言って良いのか分かりませんが、目指す位置にいらっしゃる慧音さんのご意見をお聞きしたいなあ、と」
「ふうん。察するに、その子とやらは今にも消えかけてしまっているくらいに弱々しい様子の妖怪なのか、それとも人から何かを奪わなければ存在出来ないような類いの存在なのか、そのどちらかなのかな?」
「その両方、です……」

肩を落とし、酷く残念そうに美鈴は言う。彼女が現状に悲しみを覚えているのは明らかだ。
その理由までは、流石に面からばかりでは察することが出来ない。だが慧音は、前後の会話からそれが愛情によるものだと想像できてしまった。きっと、この妖怪は人間臭くも弱者を見捨てられないのだ。
慧音が手隙な合間にこくりと茶の渋みを再び嚥下した、その胸の奥が僅かに熱くなった。

「……ちなみに、その子の名前は?」
「レミリアちゃん、っていうんです。とても優しく賢くって良く気を使ってくれる、くりくりしたお目々がとっても可愛らしい……そんな、吸血鬼の女の子です」
「なるほど、よく分かった」

この程度の会話だけでは殆どが、不明だ。しかし、一番大事なところは知れた。
吸血鬼。その三文字ばかりが大切で、他の枝葉末節はどうでもいい付属品でしかない。
しかし、まるで次の言葉を待つ美鈴の真剣振りは沙汰を待つ者のそれだ。面白いと思った慧音は少し固い表情を緩めながら、言う。

「正直なところ、その子が受け容れられるのは、難しいと言わざるを得ない。吸血を忌む人は多くても、好む人はおおよそ考えられないからな。たとえ立ち位置を明確にしたとしても、なるべくは、彼女を人里に寄せない方が、懸命かもしれない」
「そう、ですか……」

重い気持ちに益々頭を下げていく美鈴を、慧音は冷静に見つめ続ける。
こんな言葉なんて、冷たい現実よりもまだまだ甘い。実際、蚊に人がかける温情なんて殆どないのと同じで、吸血鬼が人に愛されることなど殆どありえないことだ。
そして、妖怪が人に愛されることなんて、この幻想郷ではご法度。故に、至極残念がる美鈴に対して、慧音からは助けの船は出せない。それ自体に、思うところがないわけがなかった。

「あまり、早まったことはして欲しくないのだが……」
「…………はい」

しかし、慧音は判っている。美鈴のこの相談は確認に過ぎないのだと。これは一つの存在のために酷くなるために、甘えを断ち切る、そのための確認。切り出すのが遅くなったのも、当然だ。
その証拠に、再び上がった美鈴の顔には決意の色が見える。
人里公認という可能性を鎖された後に、残るレミリアが幻想郷で生き続けられる可能性は幾つもない。

きっと美鈴は、彼女のために彼女の血を使うのだ。彼女は愛らしい星の人間を、愛らしい夜の妖怪の餌に用いてしまう。

誰かのために誰かが犠牲になる、それが生きるということ。しかし、どうにもやりきれない思いは、ある。だから、慧音の口は勝手に動いた。

「私は妖怪だが人間だ。だから、こうして相手によって相談に乗るくらいはするかもしれないが、基本的には妖怪を助けない」

妖怪が、妖怪のために人間の子を使おうとする。そんなこと、本当は、止めたほうが良いに決まっていた。
けれども、悩み苦しむ美鈴を見て、彼女はきっと間違い過ぎはしないという、根拠のない確信をも慧音は覚えている。
慧音は本物の金を、初対面の妖怪の中に見つけていた。だから、彼女は黙認することを、決める。

「だが……もしレミリアという少女が人に寄り添おうという気持ちを本当に持っているとするならば……私はそれを拒まないよ。そして美鈴。私は君の彼女への想いを、信じよう」

頭でっかちな、歴史の習いなど、今は知ったことではない。子の可能性と、親の愛を信じるということ。それこそが、長く生きた先達がするべきことでもあった。
ただ慧音は、彼女たちが不幸にならないようにばかり、願う。そして、その思いは通じる。
はじめのきょとんは理解に消えた。瞳の勝手な湿潤を放置して、美鈴は真っ直ぐに感謝を発する。

「……ありがとうございます!」

感極まった雫が跳ねて、慧音の目の前に、笑顔の花がこの上なく綺麗に、咲いた。

 

「はぁ、はぁ。疲れたー」
「魔理沙ちゃん、お疲れ様。ふふ。よくここまで休まずに走ってこれるようになったね。ほら、水筒どうぞ」
「こくこく。ふぅ。お水、おいしー!」

雲は地平に微かに残るばかりの、晴天の下。しかし残念なことながら何時も通りに霧に覆われている霧の湖にて、白に呑まれながらも魔理沙と美鈴は確かに笑顔を交わし合っていた。
日々の鍛錬の一部としているランニング。魔理沙がその距離を伸ばして、人里からここまで続けられることになったことに、美鈴は大喜び。
だくだくと流れる汗を特製スポーツドリンクと入れ替えるようにしている魔理沙を、美鈴は優しく見つめ続ける。

「最初、拳法を気に入っちゃったのには困ったけれど……魔理沙ちゃんに才能がたっぷりあったのは嬉しい誤算ね」
「はぁ。え、おかーさん。私、才能あるの?」
「ええ! このまま功夫を積めば、達人にだってなれちゃうわよ?」

こてんと、白霧の隙間から届く光を星の輝きに変えながら、魔理沙は自分の才能を褒められたことに、驚きを見せた。笑窪を深めて、美鈴は肯定を続ける。
妖力ない人間な魔理沙に美鈴が教授出来るのは、見取って纏めた武術の型に、肉体に秘められている気を大いに用いた身体強化、そしてそれらを支える体の鍛え方。
やってみて、やらせて、そして美鈴は魔理沙に普通に長じられる程度の才があることを知った。そして、今日の頑張りに、その認識を更に深めたのである。
魔理沙は逆さにこてんとしてから、再び問う。

「おかーさんとおんなじくらいに、なれるかな?」
「うーん……それは、魔理沙ちゃんの頑張り次第ね」
「そっかー」

しかし曖昧に、美鈴は答える。それは、頑張ろうと気を入れている魔理沙には悪いが、彼女が頑張って自分に追いついて欲しくはなかったから。
何せ、普通に才能がある程度の人が妖怪を超える程に極まるための道、それは修羅のものである。断崖絶壁ですら下らない、そんな困難を通るに少女にかかってしまうだろう痛苦を思えば、とても推奨は出来なかった。
まあ、どうせそのうち自分について回るのも飽きるに違いないだろうと思いながら、美鈴は汗で濡れた柔らかな髪を撫でる。魔理沙はくすぐったそうに身じろぎもせずに、むしろ擦り付けるようにして受け容れた。

「わあ……ぅん? きゃ」

そんな団らんに、バサリと大きな羽音が邪魔をする。大きな鳥でも現れたのかと魔理沙は音の先を見上げた。
予想に反して、そこにあったのはフードを深く被り、大きな羽を広げた少女の姿だった。あまり飛んでいる人型を見たことのない魔理沙は驚き、間近のおかーさんにひっしと抱きつく。
そんな子供を抱き返す美鈴を見下げて、少女、レミリアは言った。

「こんなに小さな子が、私の救いになるかもしれない、ね」

言いながら、ふらりふらりと飛行すらも覚束ない。レミリアは、痩けた頬をすら気に留められないくらいには窮している。
美鈴によって教えられた、幻想郷の、人里にて保護されている人間達はろくに食むこと出来ない、という現状に絶望を覚えたことは記憶に新しい。
妖怪の種によっては時に屍肉を提供される場合もあるらしいが、血液は難しいとレミリアは管理者に事前に言われている。自給自足しなさい、と目尻を細めたぞっとするような美人のあの表情に、果たしてどんな意味があったのだろう。
末路を想像し大いに眉を下げたレミリアに、美鈴が、私がなんとかしてあげると奔走した、その結果がきっとこの少女なのだろう。レミリアは至極つまらなそうに、しかし笑んだ。

別段、幼子――弱者――を食むこと自体に今更惨めさなど感じない。ただ、哀れみは覚えるかもしれなかった。
これからその無知を利用される不憫な子供。少女に対して、人間が思わず食べ物にいただきますと呟いてしまう程度の思いくらいはあった。
しかし、それも飢餓感に、消えて失くなる。レミリアには、きょとんと見上げる女の子が、たまらなく美味しそうに見えた。

「レミリアちゃん……ひょっとして、待ちきれなかった?」
「単に、退屈だったのよ。妖精とのままごとなんて、よくやっていられるわね、貴女」
「真剣にやると、面白いわよ? ……ん?」
「おかーさん、その子、誰?」

おかーさんが自分と同じくらいの女の子と、親しげにしている。それを嫉妬どころか不満げに思わなくても、不安にはなった。
羽があるなんて変わった子。仲良くなれるかな。魔理沙は、熱く自分を見つめる少女の正体が気になった。

「あ、紹介忘れてたわ。この子はレミリアちゃん。こう見えて、魔理沙ちゃんより随分とお姉さんなのよ?」
「でも、ちっちゃいよ?」
「小さくても、私は妖怪なのよ、マリサ。長く長く生きているの」
「わっ」

飛ぶのを止めて土を踏み、ずいと顔を寄せてきたレミリアに対し、魔理沙は、驚く。目の前に舞い降りてきた少女の背丈は自分より僅かに高い。しかしこんなの誤差だとも思えた。
本当におねーさん、なのかなと疑いながら、しかし魔理沙は一つの言葉を気にする。

「妖怪? おかーさんと同じ?」
「そうよ。怖い怖い吸血鬼よ。ぎゃおー」
「えっと。ぎゃおー!」

手を二つ、獣や恐竜のような爪を模してから、雄叫び一つ。これで脅かせたと思うレミリアに、どうしてか魔理沙は同じ仕草と叫びで返した。
思わず首を捻るレミリアに、美鈴はニコニコ笑顔で補足する。

「魔理沙ちゃん、それ、挨拶じゃないわよ?」
「そーなんだ!」
「変わった子ね……」

驚きに幼児がぴょんとコミカルに跳ぶ。それに、レミリアは白い目を向けた。いや、むしろそんな子をよしよししてあげている美鈴に、強く。
べたべた懐く魔理沙に、その慕いに応える美鈴。仲の良い、まるで親子のような二人を前に、毒気が抜かれる。
思ったのと違う。そう、レミリアは感じた。食料になる人間を攫ってきてくれたわけではないの、と彼女は美鈴に目で問う。
最初は疑問が返ってきたが、次第に通じたのか数拍後に、美鈴は言った。

「あ、そっか。レミリアちゃん……ひょっとして、勘違いしてる?」
「勘違いって、どういうことかしら」
「ごめんね、まだなの。魔理沙ちゃんが、レミリアちゃんに血をあげてくれるかどうかって、まだ決まっていないのよ」
「血?」

再び首傾げる魔理沙。どうにも頭の位置が定まらない子だ、と思いつつ、レミリアは同様に美鈴の言に疑問を持つ。
おかしい。だって、それはまるで人間、それも弱き者に選択肢を与えているようではないか。問答無用こそ妖怪の普通。美鈴のその食べ物にすら向けている情に、レミリアは異常を感じた。

「その子から奪うのではなく……自ら提供させようってわけ?」
「ええ。実はもう既に親御さんにこの子が良かったら、と許可は貰ってるの。だから、後は魔理沙ちゃんがどうしたいか、だけ」
「……貴女は強いのに、どうして強制をさせないの?」
「……そうね。私は、どちらも選べないから……どっちも、大切なの」

美人は憂い顔も変わらず綺麗ではあれども、物悲しさより深く現れるもの。どうしようもない性を、妖怪の枠に留まり続けられなかった過度の情を美鈴は悲しげに自嘲する。
ここで、レミリアは気づく。美鈴は、お母様とは違うと。人から妖怪になることを選んだ母とは異なり、どっちつかずに宙ぶらりん。
実に半端な存在。本当は妖怪の一員として忌むべきか、見下げるべきだったのかもしれない。

けれども。

「もう、縋っているものね……いいわ。私を助けてくれた、貴女の選択に任せる」
「レミリアちゃん!」

だが、それでも母だった。唯一この世に認められる母性だったのだ。だから、信じる。
幾らか盲目だとしても、自分はその闇に飛ぶもの。愚かだって、いいのだ。そう、レミリアは決めた。だから、フードの中の表情はどこまでも安心しきって緩んでいく。

「そうね、じゃあ……説明しないとね。あのね、魔理沙ちゃん。良いかな?」
「なあに、おかーさん?」
「あのね、レミリアお姉ちゃんってね。血を食べる妖怪なの」
「血? あの痛いと出る赤いの?」
「うん。それね」
「そうなんだ……」

信を受け、美鈴は発奮する。言葉はゆっくり丁寧に、しかし彼女は心を篭めて続けていく。
その一言一言を大切にしている様子を感じたのだろう、魔理沙の背筋も自ずと伸びて、耳を傾けていった。

「レミリアお姉ちゃんは、人からそれを貰わないと生きていけないの。でも、こっちに来て、それを貰える人が居ないの……魔理沙ちゃん、ご飯食べられないと、大変だよね?」
「うん! ご飯遅くなったら、とってもぺこぺこで、大変!」
「そして、レミリアお姉ちゃんも、今大変なの」
「そっか……なら、早く血をあげないと!」

どうやって出せばいいのかな、と白い綺麗な肌をあちこち探り探り。しかし、どこにも赤一つないことに、魔理沙は落胆を覚える。

「うう。私、血、ないよー」
「……先に魔理沙ちゃんが言っていたけれど……人はね、痛い、傷が体に出来ると体に血が出るものなの」
「だから今ないんだー」
「魔理沙ちゃんは……痛い思いをしてまで、レミリアお姉ちゃんに血をあげられる?」

美鈴は、真っ直ぐに見て、瞳と思いを通じさせる。そして、頼みもせずに、ただ訊いた。
縛されもしていない自由な子供の選択。その結果に、レミリアは拒絶される運命を想起した。
痛いのは、嫌。そんなの誰だって一緒だ。特に、精神よりも肉体に重きを置いた人間にとって痛みとは避けるべきものであるはず。
嫌われるのは当たり前。けれども、毎度、辛いもの。自然ごくりと、乾き以外の理由でレミリアの喉が鳴った。

「さっきレミリアが言ってたけど、おかーさん、レミリアを助けたんでしょ?」
「そう……だったかもしれないわ」
「そっか。なら私も、レミリアを助けてあげる!」

いかにも軽い調子で、魔理沙は言う。しかし、その実彼女の意思は硬く重かった。当たり前の運命なんて、転じさせてしまうくらいには、それは強い思いだったのだ。
やがて、星光の少女は闇夜の少女を見上げる。そうして、作られた笑顔は、たまらなく愛らしいものだった。
過度に想像したのだろう痛みに怯え震える体を押さえながら、魔理沙がレミリアに安心してもらうために浮かばせた、笑み。そんな人間らしいもの、妖怪が大事に思わないなんて、嘘だった。

「ああ……ありがとう」

目を伏せる。どうしようもなく、眩しくて。
だって、レミリア・スカーレットは、生まれて初めて何より眩しい光を直視したのだから。

光振らない曖昧の霧の中、しかし、全てが輝いていた。

「マリサ、貴女を信じるわ」

そして、人間が怖くても、だからこんなに近いと震えを隠すのは大変だけれども、それでも信じてみようとレミリアも思ったのだ。
優しく、思いをなるだけ篭めて。再び顔を上げた彼女が創った笑顔は何時かの妹に向けたものに酷似していた。

光り輝き、霧中の空に、虹が出る。

美しく、橋は渡された。

「うう、良かった、良かった……!」

そして、互いに恐れを相手の安心のために隠さんとする少女二人の隣で美鈴は、安堵の涙をぽろぽろと零す。

「あはは。おかーさん泣き虫ー」
「ふふ。本当ね」

その無様に子供たちは、本当に笑えた。


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