第十七話 親友なんてヤダってなんですかい?

勘違い吸血鬼ばかさねちゃん

イクスは光彦の家、白河家の屋根裏に住み着いてる。
いや、以前見た光景を思い出すに、屋根裏にて大量の漫画本の隙間にて過ごしているといった方が正しいのかもしれない。
千の次の単位は、確か万だったよな。きっとそれくらいは漫画の数はあったろうし、何度か重量オーバーして床をぶち抜いたこともある程だというのだから詰め込みすぎてもいるんだろう。

よく光彦もイクスに漫画の搬入頻度を減らしてくれと注意するらしいが、それはワタクシに死ねと言っていることよ、と叫んで酷く抵抗するらしい。
そんなだから増加に耐えきれない天井は重みでしばしば落っこちて、その度に何故か居合わせる光彦と落下したイクスがラッキースケベな事故を経験するというのだから驚きだ。
もう上から尻が顔に落ちてくるのは懲り懲りだよ、と述べたアイツは両方好きだからと二つ折り携帯電話に時代に先駆け尻と名付けてヘイ、シリと呼んだスケベの申し子であるあの白河光彦と本当に同一人物なのかオレもちょっと不思議に思うこともある。

そういえば、あの携帯電話の中に前世のオレの写真とかあったんじゃないかなと思ったオレは、魔法少女の師匠役とかやってみたいわねとほくそ笑むイクスの隣でこう光彦に問った。

「なあ、光彦。そういえばお前あの尻はどこかにしまってあるのか?」
「はぁ? バカサネ。貴女そんな別に一等賞取りたい訳じゃないならお尻は大事に仕舞っておくものに決まって……」
「尻? ……ああ、アレか……いや、残しておいたら良かったのだけれど、何時かの戦闘で壊しちゃってね」
「お尻を壊した!? 光彦、アナタ戦闘ってどんな……いやまさか、男同士のそっちの戦闘じゃ……!」
「ん? いや、アレを壊したのは確かに男の吸血鬼相手だったけどさ……イクス安心しろよ。そいつは随分前に逝かしてそのままさ」
「そっかー、残念だ」

しかし、あの懐かしいピンク色の携帯電話、半ば光彦のエロ画像保存機だった尻は砕け散って今はないようだ。
オレは筋肉でもないから壊してから戻るなんてないよなと残念ながらも納得したが、しかしなんでか隣でイクスは顔を赤くしてヒートアップし始める。
それからはよく分かんないことを、あわあわしながら箱入り吸血鬼は呟き出した。

「ぶっ! 男性同士でいかしたとか……な、なんてこと……! そういや結構光彦はあっちの方は淡白だったわ……もしかして……サオリ?」
「はい。ちゃんと聞いていますよ。白河様は流石は私の御主人様です……教科書通りの嗜みをこっそりなさっていとは」
「いや、鼻血たらたらで何妄想しながら聞いて……そりゃ人生の教科書をBL本としている貴女がこれを聞いたらそうなるでしょうけど……というか、サオリ。このホモサピエンスさんじゃなく、貴女の主人はワタクシよ?」
「はい、分かっていますよお嬢様。男の人は男の人。女の人は女の人同士が一番ですからね」
「んー、サオリっ、掛け算ばかりで人間関係を規定してはいけないのよ?!」

なんとも赤く青くしたり驚いたり悲しんだり顔面を忙しくしているイクスを隣に、鼻血をちーんとティッシュでかんでいるサオリさんは、どこか幸せそうな顔をしてる。
話をよく聞いてなかったオレも、アレは何となく大切な居場所をようやく見つけたって感じだなあとは理解できた。
ただこのままだと日が暮れるから、掛け算ってオレちょっと苦手なんだよなとだけ思いながら、オレは話を元に戻してみる。

「ま、光彦の尻はどうでもいいとして……蘭の話をするか」
「ワタクシとしては決して光彦のお尻の話はどうでも良くないけれど……まあこのままだとサオリが失血死しそうだから、そっちを先にお願い」
「分かった」

そして、それからはただ魔法少女をやっていた友人の話をオレが喋るだけだ。
なんか途中でイクスが蘭の体系はボリューミーかと質問してきたから、素直にアイツは肋骨が頂点の胸部を持っていると言ったら、なるほどその子は最近よく見る男の娘ってヤツかしら等と呟いた一幕があったくらいで、するすると話は進んだ。

オレとしては楽だったが逆にこいつら本当に聞いていたのかのかと不安にもなる。
ツッコミがない会話の方が正しいのかもしれないが、ちょっとそういうの慣れてないんだよな。
話終わりに一応、オレはこう聞いてみる。

「こんなもんだな。質問とかあるか?」
「あー……そうだね。僕はそのゴードリク、っていう王様が気になるかな……何と言うか、胡散臭くて。かさねちゃん的にはどうだった?」
「んー……オレとしては多分アイツ半分程度は本当のことを言っていたと思うけどなあ」
「つまり、半分ほど嘘を吐いていただろうと……全く、この吸血鬼は鋭いんだか鈍いんだか……」

はぁ、と隣でため息を吐いたイクスの言葉がよく分からず、オレはツインの片側を下げるように首を傾げた。
オレはやればだいたい出来ちゃうが全知とかいうのとは流石に違う。とはいえ、アイツがオレの話に上手く全部乗っかろうとしたというくらい、オレだって分かる。

「そもそも、ところてん、品切れだっけ? まあ場所が違うだけで色々変化があるんだから世界が違えばだいたい違うだろ。それなのに、オレの考えが何もかも正しいみたいに言ってたアイツは確かにちょっと悪っぽいな」
「ところてんは、所変われば品変わる、と言いたかったのかな……ふうん。つまり依頼人が悪である可能性があって……ならその盗賊とかいう奴らは善玉だったりするのかな……」
「ふっ。いいえ、光彦。それはきっと違うわ」
「イクス?」

ハーマンド団。そんな異世界からやってきた一団がどんな色をしているのかを考える光彦に鼻で一笑。
何よりも悪であることを誇るイクス・クルスはオレ達の前で変わらずこう断定する。

「善なんて一人ぼっちの私いらずの称号でしかない。悪の反対は悪。それは古来から決まっていることよ」
「そう、か……まあ、確かにゴードリクの尖兵として捉えていたとして、その蘭ちゃんという子に大怪我させるというのはやり過ぎだね」
「お嬢様……つまり……」
「ええ。サオリ。異世界だのなんだのはどうでも良く、結局のところワタクシたちが成すべきなのは悪の相克よ」
「つまりどういうことだ?」
「ふふ……ばかさね。一時休戦よ」

ちょっと不満そうなサオリさんをさておき、オレがよく分からず首をまた傾げてみると、今度は笑みが向けられた。
慣れてないのか結構威嚇っぽいが、でも多分イクスのこれは優しさから来るものだと思う。
そもそも、こいつらがオレを殺したいのが本気だったら流石のばかさねちゃんもこの家に一人で来やしない。

好きなものを食事の最後に取っておくタイプの吸血鬼は鋭く尖った犬歯を見せつけながら言った。

「悪がその何とか団でも、王でもワタクシたちには関係ない……悪には悪を。血には血を。ワタクシの領地を少女の血で汚したことは許しがたく……」

寝て起きて読んで食べて、寝る。
無限に等しい時間をじゃぶじゃぶ漫画に使って、筋肉をあまりに甘やかす生活を送っているイクスは無駄に格好に拘るところがある。
ぶっちゃけ、イクスは結構な漫画脳であり、そこにしか出てこないような単語とかにめちゃんこ弱いみたいだった。
だからこそ、今回彼女はこう結ぶ。

「何より、魔法少女の味方ポジってロマンだわ」

まさか異世界とはいえ魔法なんてあるとはね、と言いつつ金の吸血鬼はオレの前で微笑むのだった。

 

世界は思った通りにはいかない。
それは天才ばかさねちゃんですら痛感していることだ。
転生とかしなかったらオレは、ムキムキマッチョマンの変態と呼ばれるくらいの筋肉を得ていたと思うし、光彦とズッ友をやれていた自信がある。
でも、もし転生をしなかったらオレは三咲の今日のパンツの色クイズを解く日々はなかったろうし、蘭と転生繋がりでこんなに仲良くなれなかったとも思うんだ。

「かさねちゃんっ!」
「蘭……」

だから、それと同じでこういうことは、あっても仕方ないんだよな。
オレは、魔法少女なんて危ないから止めたほうがいいと伝えたところ、掴みかかってきた蘭の震える手をそのままにただ彼女の名前を呼んだんだ。
ただ、そんなの焼け石に水というか、むしろ炎が増してあっちっちだ。目の奥を揺らめかせながら、蘭は叫んだ。

「キミも……キミもボクをことを否定するの?! 一緒なのに……前を向こうって言ってくれたのに……それなのにっ!」

これは放課後二人きりのシチュエーションにしておいて良かったな、と内心ぼうっと思いながらオレは蘭の心からの悲鳴を聞いた。

「ボクを、《《私》》をっ、魔法から切り離すつもりっ!」

もうさっきまでこれは告白かな、それともその先かな、とか挙動不審していた少女は眼の前に居ない。
ただ、孤独の先に裏切りを感じた子供が一人きりここにあるだけだ。

今更ながらちょっと、色々と気が早すぎたかなとも思う。
諸々承知で魔法少女として特別になりたかった蘭。それを、ただ危ないからという理由一つで止めるなんて今更ながらちょっと色々足りていなかった。

「ああ、そうだ」
「っ!」

でも、そんなのどうしたんだっての。何時だって準備万端完全無欠ってのは無理だ。
ばかさねちゃんは、ブレーキの用意不足だって焦りはしない。言葉で駄目なら、次は身体で。
オレは、蘭の《《自覚不足》》なでもちゃんと女の子してる身体をそっと抱いて、こう続ける。

「蘭は、特別じゃなくっていい。そんなのなくたって、蘭はオレの特別だ」
「そんな……でも、わ……ボクは、壊れていて間違っていて、力がなくってだから……」
「でも、こうして一緒だ」
「あ……」
「オレは、それが嬉しい」

オレは、蘭の自分違う転生が、本当なのかすら正直よく分からない。
ひょっとしたら思い込みでしかないのかもしれないそれに、でもオレは本気で信じてやっている。
それは、蘭がオレを求めたからだ。

そう、○○○○○だった双葉重をこの少女は求めた。

「か、かさねちゃん、ひょっとしてキミ……ボクのこと」
「ああ。勿論オレは蘭のこと……」

どっくんどっくん。それが性徴のない分大きくオレには聞こえた。
それが孤独を慰めるためでしかないとか、オレは知らない分からない。ただ、でもこの薄い身に感じる鼓動のみを大事にして。
だから。

「親友だと思ってるぞ!」

渾身の笑顔と共にそんな本音を口にしたんだが。

「は……あはははは!」
「蘭?」

どうもオレはボタンを掛け違えてしまったみたいだった。
突き飛ばすように身じろいだ彼女のためにぶかぶかになったオレと蘭の距離は離れて、夕日の中。

「ごめんね。ボクはキミと親友なんてヤダ」

とても細く笑んだ蘭はそう言って、ふわりと紅い陽光に飲まれるようにベランダの向こうから魔法で飛び立っていったのだった。

 

『ああ、やはりバカサネチャン。キミは面白い……』

オレはそんな声を最後に聞いた気がする。


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