第十二話 異世界転生ってなんですかい?

勘違い吸血鬼ばかさねちゃん

人生が万華鏡だとしても、思い返せば最近色々ありすぎた気がする。
キラキラがごちゃごちゃパリン。そんなこんなを続けていたら、オレも大変だ。まあ、これからはそんなことにならないだろう、と思いながらオレは語りを終える。

「――――と、そんな感じだったぞ?」

ぺらりぺらりと動きに動いたオレの口。蘭が相槌上手だったから楽に進んだお話に、しかし彼女は次第に表情を変えていた。
なんというか、疑惑から驚愕っていう感じに。そして、柳眉を歪めながら、ボクっ娘は言うのだった。

「何、その体験……吸血鬼とかヤバいじゃん。すっごくイケてて羨ましい……」
「そっか?」
「いや、格好いいというかロマンじゃない? 弱点あるけど何より強い生き物とか。…………それに勝っちゃったとか言うかさねちゃんの意味が分かんないけど」
「あんなの、本気出せば一発だぞ!」
「この、ちんちくりんがねぇ……」
「むぅ……本当だからな!」
「はいはい……」

いいからいいから。なんだかオレのことを子供のように手のひらであしらう蘭のその様子は、ちょっとムカつく。
でもまあ、オレのちょっとファンタジックな話を本当として受け取ってくれているのはありがたいかもしれない。
吸血鬼とか、オレ簡単には信じられなかったんだけどな。この本読めば分かるのかな、と思いながらオレはかの表紙をおっきくなってくれない指の先でつついた。
オレがちょっと歪んでずれたそれに面白さを覚えていたところ、感慨深げにしながらメガネをくいと上げて蘭は言う。

「でも、そっか転生してTSしてたんだ、かさねちゃんって。だからオレっ娘だったんだねぇ」
「そうだぞー。でも、それに気づいたのが近頃だったから、別に女見てどきどきとかないなー」
「男見てどきどきも?」
「そういえば、ないな。でかい筋肉見てどきどきはするけどなー」
「それはただの趣味だね……この子まだ第二次性徴迎えていなかったりするのかな……」

蘭は残念そうな目でオレを見る。
その言もまことに失敬だ。これでもオレは思春期を相当にこじらせた方である。
どんどん丸みを帯びてくる身体に怯えて、オレがどれだけの筋トレを重ねたかなんて、余人にはわかるまい。
流石に女子だから身体が角ばらなかったのは残念だったけれど、まあ努力のおかげかたわわに実ることさえなかったのは良かったな。
オレが密かにそう考え頷いていると、今度は少し蘭が悲しそうにする。表情がよく変わるヤツだなと思っていると、優しく彼女は続けた。

「というか、ハードな体験してるね。前世の親友に裏切られてたとか、その、人間不信とかならないもんなの?」
「そりゃスゴくムカついたな! でも、あいつだけが今の人生の全てじゃないから、まあどうでもいいんだ」
「切り替え早いね……」
「それにジョンも当分は様子見するだろうから大丈夫だって言ってたしな」
「あ、話に出てた吸血鬼のお爺さん。その人と、娘さんの……ジェーンちゃんはどうなったんだっけ?」
「この街にしばらく居るみたいだな。ジェーンとは昨日もかくれんぼして遊んだぞ! 砂場にカメレオンの尻尾を作るとか、なかなか面白いこと考えるよなー」
「カメレオン? え、かくれんぼしてたんじゃないの……?」
「最終的には、二人して猫の前でおにぎり握ってたな! あ、勿論手は洗ったぞ? なんでかジェーンはすし酢を手に吹きかけてたけどなー」
「意味が分かんない……そのおにぎりはどうしたの?」
「プレゼントデース、って猫と一緒に勝手にクリーニング屋の店先に並べてたな。それは、流石に叱って持って帰らせたけど」
「そこは叱るんだ……猫は?」
「隣のソフトボールに先輩面してるジェーンを他所に何故かオレを引っ掻いて逃げてった! 監督不行き届きって言いたかったのかなー」
「多分、かさねちゃん達の行動が怖すぎたんだと思うよ……どうしてそんなに君ってジェーンちゃんに対して理解がありすぎるの……」
「そっかー?」

オレは首を傾げて、二尾を机にとさり。
ジェーンはそんなに変なことはしていないと思うのだが。あいつ、オレというズッ友が出来てテンション上がってるだけなんだけれどな。
まあ、変わっているのはそうかもしれないが。でも、父親も吸血鬼とか変わってるし、それもありじゃないかと思う。おにぎりは歪だけど美味かったし。
しかし、包んだラップに将来の夢、パイロットとか書く必要はなかったかもな。自己紹介は、もっと知らない相手にするべきだろう。

と、オレはここでふと思った。そういやこれまで自分のことを普通に話したばかりじゃんと。
特に話を盛って面白おかしくもしていない。これは、蘭もさぞつまらなかったろうと、申し訳なく思ってオレは問った。

「うーん……オレのフツーな体験なんて聞いても面白くないだろ?」
「いや、十分すぎるほどワンダフルだったけど。流石はヤバ崎先輩のお気に入りだね……」
「そこで、どうしてモモ先輩が出てくるんだ?」
「いや、あの人凄く変わってるって有名じゃない。そもそも絵が色んな意味ですごすぎる上に、時々巫女服で通学してくるし……」
「ん? あの絵は、あの人なりに美観を集中させる手法を確立させてるだけだし、巫女服は実家が神職やってるからって時々面倒で着たまま登校してるって聞いてるぞ?」
「いや、面倒だからっていう理由に、天冠をつけて幣を持っている本式のままで来ている現実が合わないよ。小袖に緋袴だけで十分じゃない?」
「ついでに、なんか悪いやつやっつけてるからじゃないか? 時々あの人変なゆらゆらしたのとか痴漢とか幣でしばいてるぞ?」
「やっぱり先輩はヤバ崎だった! この世界おばけとかいるの!? というか、痴漢ここら辺に出るんだ! 普通に嫌な情報!」
「ツッコミいっぱいだなー」

急に転がり出る、ツッコミの数々。オレは、まあおばけは意味分かんないけど居るし、痴漢は警察に突き出したから大丈夫だとは伝える。
すると、何故か疲れた顔をして、この子口開くとどんどん未知な情報出てくるよ、嘘じゃなさそうだしどうなってんのと呟く蘭。
まあ、仲がいい相手だろうと、知らない面があるし、オレらは今まで別にそこまでの仲じゃなかったのだからそれもそうだろうと思う。
だが、しかしそんなことを考えながら、更にオレは問いたくなった。
まあオレのことを聞いて悪くなかったのはいいけど、そういやそもそもが蘭が転生という言葉にえらく食いついたがためだったのだ。
愛らしいが怖いくらいの真剣に傾く、そんな本気。それを思い出しながら、オレは理由を聞いてみる。

「にしても、どうしてそんなにオレの話を聞きたがったんだ? そりゃ、転生って珍しいかもしれないけどさ、小説漫画でよく出てるから結構ありだろ?」
「いや、普通はナシかな……それに、かさねちゃんの話に比べたら、大したことじゃないけどさ……ボクもTS転生してるから、他の人はどんな感じなのか気になったんだよ」
「なんだってー!」

それが大したことじゃないって、そんなわけがない。まさかオレと同じパターンを体験していたとは。
やっぱり蘭はレアな少女である。いや、彼女はレアな青年かお爺さんかもしんないか。
なんか予感があったけれど、オレは普通に驚くのだった。

 

異世界転生に、輪廻転生なんて作法も何もない。ただそれは、唐突だったそうだ。
家族の食卓にてカレーを口に含んだ前世の思い出を最後に、気づけば今の人生の親の手をちっちゃな手のひらで握っていた。
或いは、カレーの辛さでショック死して転生したのかなボクって、新しいよねソレ。そんなことを、寂しげな笑顔で蘭は言ったのだった。
彼女が絡めた指先が、何かもの言いたげにもぞりとうごめく。オレはその笑顔の裏に何か隠しているのを察しながらも、でもまあいいかと苦笑して、こう返した。

「なるほどだから、オレん家のカレーもオススメだって言っても頼まなかったんだなぁ。トラウマになってたんだ。家のは甘々で旨いって言ったのに」
「あはは……うん。甘いのは分かってる。だって、かさねちゃんが好きな味に結さん――ばかさねの母親――がしないわけないんだから。あの人、そんな人だし」
「ん? お母は甘々じゃなくて結構厳しいぞ? でも……分かってても、カレー、食べられないのか」
「というか、最初は食事全般難しかったな。……転生を自覚してから同時に食べることをトラウマにして急に食べなくなった娘に困り果てた親がはじめに相談したのは、実は結さんだったんだ」
「お母に?」

意外な人物の名前が出てきて、オレはびっくり。
確かに、お母が蘭が入店した際に毎回優しく声をかけにいっていたことは知っている。
でも、結構色んな客にそんな感じだったから、お母が蘭に特別なことをしていたとはわからなかった。
というか、オレにも何か言ってもいいだろうに。結構お母も秘密主義なところあるんだよな。
オレは、一つ呼吸して落ち着いてから、話をうながす。

「結さんは、何口に含んでも吐くボクに、根気強く語りかけてくれた。それだけじゃなく、撫でてくれたりハグだってしてくれた……知らない世界に震えるボクに世界は優しいところもあるんだって教えたかったんだろうね」
「お母……」

話を聞いて、お母らしいな、と思う。
オレが変なことをしたらぶつけど、結構撫でてくれたり、おかしくれたりするもんな。
時々居なくなると思ったら、こんな慈善を行ってたのか。なんとなく、オレは嬉しくなる。
だが、目の前の少女は悲しげなまま続ける。

「かさねちゃんは同じ世界に転生したみたいだから、分からないかもしれないけど……世界が違うと匂いもそうだけど味もちょっと違うんだ。何食べても違和感だらけ」

それは、異世界転生の弊害。
世界が根幹から異なれば、幾ら相似していようも差異があって自然。
そんなくそったれなくたって良かったんじゃないかと思うけど、あってしまって、実際にこの子は苦しんだ。
オレは、思わず胸がきゅっとなる。

「食べたらまた死ぬんじゃないかという妄想に、いざ口に含んだ時に感じるこれは違うという実感。……苦しかったなあ」
「……それは、嫌だな」

本当に、嫌だ。だって、目の前の蘭は本当に辛そうで、苦しかったことを思い出すだけでコレなのだからどれほどのものだったかは想像もつかない。
そんな大変がオレの知らないところであったのは、とても嫌だった。どうにかしてやりたかったと心から思う。黙ってたお母も、意地悪だ。
でも、とオレは思う。この子は楽しそうに、店でチャーハンを食んでいた。なら、と期待してオレは蘭を見上げる。
やっと笑顔になって、彼女は言った。

「でも、だからこそ苦しむボクを見捨てなかった両親に妹には感謝しているし、ボクの味覚にピッタリ合うレシピを開発してくれた結さんには頭が上がらないよ」
「お母なら、何も気にせず食べに来なさい、って言うと思うな」
「そうだね……そういう人だから、中学時代は入り浸っちゃったな……正直、前までボクはかさねちゃんに嫉妬してたんだよ?」
「オレに?」

オレは嫉妬という蘭に似合わない言葉に驚く。
それに、オレは嫉妬されるほどには出来ちゃいないと思う。いや、最強だしクールビューティーだけどさ。蘭だってかなりいい線行ってると思うしなあ。
そんな勘違いをしていると、彼女は笑顔のまま語るのだった。

「うん。だって、ずるいじゃん。あんな優しい人の子供をのほほんと何も考えずに《《やれてる》》なんてさ」
「うう……そう言われると弱いなぁ……お母、オレには厳しいけど確かに時々優しいし……良い親だよな。でも、流石に娘を代わる気はないぞ?」
「分かってる。それに、ボクはそもそも誰かの子供をやるってのに向いてないんだ」
「ん?」

オレは思わず疑問に思う。
だって、そうだろう。子供になるなんて、簡単。自分勝手に振る舞って、愛されればそれでいい。
そんなことも出来ないなんて、なんて。

「だって、ボクはしょせん、一ケ谷蘭、っていう子の人生を奪った寄生虫なんだから」

哀しいんだ、とオレは思った。

 

幸せになんて、自分から向かえばいい。間近にあるのにそれに背を向けるなんて、あまりにもったいないことだ。
けれども、温かいものの手を取れない人だっていることを、オレは知っている。前世のオレだって、それは意外なほどに苦手だった。
そして、眼前の男の子だった少女もそうだったみたいで、過去に思い引きずられたまま、《《どっちつかず》》曖昧に微笑んでいうのだった。

「時々、思うんだ。転生ってさ、要は二人分の人生を独り占めしちゃってることじゃないかな、って。本当は幸せになるべき女の子がどこかに居たんじゃないかと思うんだ」
「それは……」
「うん。これは見方を変えただけ。実際はよく分かんない。でも、一度そう考えちゃったら、もうダメだ。足が、すくんじゃう」

震える足元、全てが崩れるのじゃないかといいう錯覚。それが恐怖。
生きることが悪いことだと思いこんだら、それを知ってしまえば、歩むことすらできなくなる。
哀しいほどに、蘭は自分に優しくなれなかったのだろう。努めてあっけらかんと、彼女は続けた。

「まあ、フィクションだったら、そんなこと考えずに楽しめる。最初は元に戻す方法を探してただけだけど、だから、ボクは異世界転生ってジャンルは好きだよ」
「戻す、か……」

嘘みたいな本当。それだからこそ、彼女はなかったことにしたいのだろう。
でも、それこそが自分を失くすということでもある。
オレは、少し頭が痛くなった。

「うん。ボクはボクの人生の続きを幸せに送れているけど、だからこそ、本来の自分にこれを返してあげたいとも思うよ。それはもう、何時だって」
「よくないな」
「うん。よくないね。でも、どうしようもない」

どうしようもない。蘭は泣きそうな顔で、そう言った。
なるほど彼女は心より結論付けてしまっている。でも。

「んなことないぞ」

強く、オレはそう言い張るのだ。
驚きに、蘭の瞳は丸くなった。

「確かにさ、弱肉強食だー、とか言って振り返らないのも駄目だけどさ」

そう。もう食べてしまった、奪ってしまった。それを忘れるのはいいことではないとオレも知っている。
でも、だからって、それで終わりにしちゃ、駄目なんだ。

――――そこで、貴女は終わらないで。

「大事なのは、いただきます、ごちそうさまって、前を向くことだろ?」

それを責められ、時に報いを受けるのも仕方がないとは思う。でも、思うだけだ。
だって、足元ばかり見てうじうじしてばかりいたら、せっかく食べたものに対して失礼にも程がある。食べたら、その分動かないと。
オレはそれこそが、生きることだと思うのだ。

強がり、どこか怯えを孕んだ赤。そう、あの日そうして欲しそうだったけど、オレは決してイクスを叱らない。
だって、自分が生きることを赦せるのは、きっと自分だけだからな。

オレはそう、思いたい。

「ああ――――なるほど。これは、三咲が惚れるわけだ」

万感の思い、それがどんな色なのかは分からない。
けれども、少女の口の端が少し緩んでいることに、オレは心の底から安堵するのだった。
蘭はオレに、言う。

「かさねちゃんって、可愛いだけじゃなくて、格好いいんだね」

それは自明。でも、だからこそ言われて嬉しいことである。

「だろ?」

故に、オレは彼女の前でナイムネを張るのだった。

 

「やっぱりボクよりある……ぐぬぬ……」
「またそれか……」

まあ、そんなオレを見て蘭はぐぬぬとしたけど、多分きっとそればかりは仕方がないことなのだろう。


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