第三十三話 友達でいましょう

小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

この世界の原作は、ラノベです。
具体的には紙に黒く刻まれた文字の連なりによって表現されたいささかチープめな物語でした。
展開されたアニメやゲームで少なからず補完はありましたが、それでも万人受けするものではなかったでしょう。
前世の私は大好きでしたが、国内限定でもそうでもない方が殆どの半端な作品。
そんな代物と酷く相似した世界がこんなところにあったなんて、びっくりですよね。
もっとディティールがしっかりしていたり、人気だったりする作品なんて沢山あったのに、どうしてこの「錆色の~」が《《世界化》》されたのでしょう。
全知ぶった私でもその理由は全然分かりません。

ただ、そんなただ今原作展開中の世界に、色々半端なけれども原作愛にだけは満ちた私がインしてしまえばどうにかなーれと暴れてしまうのは当然なことでした。
まあ今に至ってどうにかなってくれているのが悪役ばかりだったのは普通に誤算ですが。
流れで悪の首領なんてやってますが、まあ別にラストバトルでうぎゃあとやっつけられたくもないのですけれどね。

「……とはいえ、生じたものの責任は取らなければいけません」
「ふふ……頭を上げても大丈夫です。乖離も敵対行動も私には気になりません。それにそもそもよしみちゃんは別に、責任なんかから逃げてもいいと思いますよ?」
「いえ。何より全ての責任から逃げられない静さんに憧れた私が、そんなことは出来ませんよ」
「そう、ですか。なるほど……ここでまた私に矢印が向くのですね」

私は好き勝手やった結果の先行き不透明の謝罪のために限界まで下げた頭を下げます。
許しの後に撫でて持ち上げられた頭をふらりとする私はそして、静さんに言い募りました。すると、何やら何でも知っている筈の彼女の思慮が入ります。
なんともこれはシリアスという奴ですね。私は苦手です。
いや、こんな時になんですけれど、足下からそのお顔まで順に見上げていったから分かりますが、本当に静さんったら整いっぷりが半端ではありませんね。
当然至極の設定通りというか、流石はこの世の基準の人であるというか何というか。

「ありがたや、ありがたや……」
「ぬあっ。土下座の後に手を合わせるとか……そいつは神とかじゃ全然無いのに」
「あらあら。今度は崇められてしまいました。よしみちゃんったら、頭が低めですね」

結論眼福限りなかったので、私は拝んでおきます。
推しも過ぎるとしばしば祭壇を作り出すものですし、なるほどならば私はここに神殿を設けてもいいのではないでしょうか。
いや、まずは浄財ですね。ありがたやと、私は通学カバンに手を入れます。

「うーん……お布施は何がいいでしょう?」
「おや。そう言いながらお財布を出そうとするのは止めて下さいね。年下の子から金銭を上納される姿は大分体裁が悪いので」

おや、真っ白お手々をそっと差し出され、直接的な募金は止められてしまいましたね。
とはいえ神殿建設は止められていないので、ありでしょうか。しかし、そのためにはこの場に蔓延る(実際は家建ててちゃんと登録もして住んでるだけです)鬼共が邪魔ですね。
まあ楠の鬼は三千世界の中心な静さんと同枠とはいえ同類項には決して入らない全界最大最悪の一族です。
弱々な私なんかでこの楠木の表札を山田に切り替えることは難しい(実際はかなり奴らに気に入られていたので自主的に札を変えて貰うのは可能だったみたいです!)のでした。
残念無念と表情をくしゃりとしていると、どうやらこの世界では優しいタイプの静さんだったらしく彼女は私に柔らかくもこう告げます。

「よしみちゃん。私は私。貴女のペンフレンドのサイレント、つまりお友達の山田静として扱って下さいね?」
「おや。宗教法人ってどうやって作ればいいのか分からないので、善人にでも聞こうかなと思っていたのですが……」
「はい。ここの上水善人は面倒なので、止して下さると幸いです。なにせ私はただの一般人ですので」
「なんと……」

私がならば私の家を神社にしてこれからは巫女服を我が家の制服にしようか悩んでいるとなんと、謙虚にも静さんはそんなことを仰います。
それにしても一般人とは。世が世なら最も愛されるべき偶像としてトップなアイドルやってても不思議じゃない人なのですが、果たして彼女の中の一般人像はどんなものなのでしょうね。
私は、あえてその言の通り静さんの一般化の想像をしてみます。

「ふふ……趣向を変えて頭の中のスクランブル交差点の人ごちゃな記憶を一人一人静さんに置き換えていく作業も楽しいですね」
「変な妄想も止めてくださいね?」

そこら中に静さんがうじゃうじゃしている街中を想像して、にっこりする私。
しかし直ぐさまそれも禁じられてしまったのは、残念でした。まあ、強力な普遍性はあれども唯一無二の彼女は増えませんからね。当然でしたか。
また私はくしゃりとしたリアル電気ネズミーな表情をするのでした。

「……川島さん、凄い暴走してる……」
「吉見は普段から結構こんなもんだぞ?」
「それは…………面白いね?」
「汀様的には無理に褒めなくていいと思うなあ」

おや。ついつい外野にしてしまったお二人も何だかがやがやしていますね。
まあ静さんの登場にファンでなくても沸いてしまうのも仕方ないことでしょうか。
世界という花束の中心に咲く一輪。そう決定されている彼女は幾ら普通と唱えたところで注目されてしまうのでしょう。
静さんの凄さに胸を張る私。空の空、すべては空という文言を聞いた人のように虚しそうにそれを一瞥した彼女は、その後気を取り直してからこう問ってきました。

「ふむ。よしみちゃんは、どうも自分のことをあまり気にしないタイプなのですかね?」
「静さんにはそう見えるのですか? でも私ってこれでも結構、寝癖チェックは毎日欠かしませんが」
「……昨日、チェック漏れを私が直してあげたよね」
「そういえばそうでした! あれ。ひょっとしたら私って結構抜けてます?」
「ひょっとしなくても吉見ほど図抜けた間抜けは汀様もそう見たことも無いぞ……」
「ふふ……私はノーコメントにしておきますね」
「むむ……」

私が自分を気にしない、なんてまさかと思っていたところ身近なところからご指摘が。
意外にも私の頭は外ハネしがち。今日も、逞しいアホ毛が出来ていたのを、お泊まりで一緒していた玲奈さんに櫛でさっと直して貰っていたことを忘れていました。
全く、これもお母さん譲りのぴょんぴょこ髪が悪いのですよ。いや、よく考えたら故人に責任はありませんね。むしろあの人のアバンギャルドな先進性を遺伝できたのは本来素敵なことでしょう。
悪いのは私と鬼と善人だけでよいのでした。

しかし、汀ったらこのうそっこ全知さんたる私に間抜けとは酷い言いようですね。
これは後で勉強教えてくれと言ってもツンツン断っちゃおうかとすら思っちゃいますね。
前世でこの世界の日本史世界史以外は予習済みの私の知恵袋なしでサボりがちな彼女が中間考査に挑み、解答用紙やお顔とかが真っ赤っかになって帰ってくる姿が今から楽しみです。

わたしがそんな恐るべきちょう悪振りを滾らせていると、静さんが一歩寄ってきました。
ただでさえお近くだったのに、この距離は私のぽんこつ心臓に悪いですね。
ドキドキしちゃう前世の性別の意味ってなんだったのな、乙女な私に指先一つ立てた上で彼女はこう言い出します。

「それで。そんな自分より他人のために生きちゃうよしみちゃんに一つ提案があります」
「個人的に私はそんなんじゃなくてかなりのワルであるつもりなのですが……なんでしょう?」

静さんに私に対するちょっとした勘違いがあったようですが、まあ邪悪な私はさらっとそれを訂正した上で頭の上にクエスチョンマークを一つ浮かべます。
提案。それはなんでしょうか。なんだか推しに欲されるなんていうのはとてもワクワクしますね。とはいえ顔面鋼鉄気味な私ですので果たして、しっかりと嬉しそうに笑えているでしょうか。
すると、ふわりとお手本として笑んでくれた静さんは私にこう問いかけてくれたのです。

「どうせなら貴女、私のものに、なってみませんか?」
「おお」

そんなことは私にはあり得ませんが、まるで告白チックなお言葉に私もびっくりです。
私は静さんっていたずら好きなところがあることを知っているからこの程度で済みますけれど、そこらの人だと勘違いしちゃいそうですね。

「静、お前そんな……」
「だめ……そんなのえっちすぎる」
「いや別に、えっちではないような?」
「……違ったんだ」

なんだか玲奈さんと汀はざわざわしていますが、惚れた腫れたはちょっと早い二人ですので、特に問題はないでしょう。
しかし、問われた私にはこれは大問題ですね。
私はただ今足先から天辺まで誰もの好みど真ん中という凄まじい静さんに好意的に見られるという幸甚を受けています。
とはいえ、私ばかり幸せというのもよくないですよね。

「静さん」

私は精一杯口元に力を入れます。それが、目の前の私のお手本にもっとももっと近くなるように。
でもどうしたところで私は中心線とあまりに離れていれば、間違ってこの人と同じくらいになってみたかったという夢は、ここで脆くも崩れ去ります。
ああ、私は推しにろくに笑い返せもせず、だからといって今更生きていることに引け目は覚えられません。
だから、私はこの物語の最も悪い奴として、静さんにこんな酷いことを口にするのです。

「申し訳ないのですが、それは丁重にお断りさせていただきます……ちょっと、残念です!」
「おや。それはどうしてですか?」

私にはすっごく口惜しいことですが、私が断ることはきっと静さんの予定調和から外れていないのでしょう。
首も傾げず、表情も不変。愛らしいそのままで私を細く彼女は見つめています。
そもそも彼女から手の届くここは《《山田静》》の領域。静さんが気持ちを少し変えて私を仕留めることなんて容易いことでしょう。
とはいえ、私は物理よわよわなこともあり、そもそもイチコロされちゃう相手の多いこと。
そんなので強者を隣に侍らすというのは常に死滅の危機と一緒にいるのと変わりません。
故に私にとって静さんは推しですが殊更特別ではないのでした。私は多くを抱きとめるためにも手を大きく広げて、こう言い張ります。

「簡単です! 私はこれからもつい悪ぶっちゃうくらいに寂しさを抱えた子達のために生きるつもりですから!」

そう、むしろ私は私をもっと強烈に欲している方々のためになれればと思ってしまうのでした。
彼らがかなり悪どくてももう、私にとっては仕方のないことです。
普通ならばっちいとでも言って彼らを離せばいいのかもしれませんが、生憎私はそれよりよい方法を識っていました。
服とかもそうなのですが、汚れるのが嫌なら黒に変わればいいのですよ。

それこそ《《何もかもを呑み込む悪》》になれば、全ての悪は抱けるほどの小事となります。

私はそれくらいに、大好きなこの世界の歪な欠片達を見捨てることが出来ません。
だからそんな風にして、私は小説世界で全知無能として悪の頂点を演じているのでした。

「なるほど。なら、貴女は私の敵ですね」
「そうなるのですか」
「ええ」

瞑目。そして静さんはゆっくりとそんな私を断じます。
いや、静さんが敵になるとか無理ゲーもいいところですが、まあ悪に敗北の定めがあるならばそれも仕方ないでしょう。
ある種諦観とともに見つめていた彼女の次の言葉は、けれども少し謎めいていました。

「私はエックスと違い別にバランサーを気取っているつもりもなければ、正義も悪も正直なところどうでもいいのですが……」

エックス。それは楠の鬼のことです。そして、お隣さんのワイたるのが静さんのことですね。
多分、ゼットもあると思うのですがそこは私も識りません。憶測は色々ありましたが作者さんそこまで考えているのですかね。
私が久方ぶりにメタ知識を頭の中でこねこねしていると、次は全く識らない一言が静さんの果実色の唇からぽつりと発されました。

「よしみちゃん。貴女のてこ入れのせいで、終末の訪れが早まりすぎている」
「えっとそれは……どうしてですか?」

終末。そんなのはよく分からないですね。
いや、善人がガチで戦い出すと《《世界に罅》》が入るらしいですが、そんな感じでこの世が破けでもしちゃうのでしょうか。
そういえば、汀みたいな鬼が本気を出せば世界の破壊は楽なようですね。とはいえ、それも保守的と言うかデータ置き場としての保守目的でこの世界に這入ってきた彼らにとっては禁忌というか《《最後の手段》》でしかないみたいで。
ならば、どうしたことでしょうか。分かりませんね。

私は私の《《全知》》を持ってしてもよく分からない話に首を傾げてしまうのです。
しかし、静さんは悪いことをした子供を叱るように、ぷんとしながら続けました。

「よしみちゃん……その手に神器を四つも揃えておいて、しらんぷりはいただけませんよ?」
「神器、ですか……四つ……つまり」

私はいただけたヒントで、即座に考え込みます。
神器。JINGI、或いはZINGI。考えるとそれってゼットっぽい感じもしますね。
そして、四という数字は私にとって身近なこと。この世界の中でも外れた四天。彼らが静さんにとっても危惧すべきものである、というのは充分にあり得るでしょう。
けれども今の彼らが終末を呼ぶとは考えにくいですが、ひょっとしたら《《三千世界に同時存在している》》静さんはそうでない場合を知っているのかもしれませんね。

私が何となくそんなことを考えていると、静さんはなんだかんだ大体識っている私が考え込んだその様子に察するものがあったようです。
改めて、静さんは宣言を開始しました。

「ふむ。どうやら認識に齟齬があったようですが……まあ、それでも結局私が行うべきことは一つ」

そう、世界が壊れるのは幾ら《《山田静》》だからとはいえ、困るのですよね。
そもそも、世界に定義されている《《山田静》》は一つづつ。幾ら万物から影響も受けずにいられる静さんとはいえ世界が壊れたら同一対象指定エラーで消えざるを得ません。
死ぬのは私でもですが、静さんだって嫌に決まっていました。だから、彼女はため息を一つ呑み込んでから言います。

「私は知ったかぶって何も知らないよしみちゃんの手から世界を守ってあげましょう……面倒ですが」

私は別に世界とか結構興味はありません。壊れるのも大分嫌ですし、征服するのも大変そうです。
とはいえ、多分私って善人たちが本気でそれしたいとか言い出したら別に止めないのですよね。
普通に悪悪すぎる私は残念ですが、そうあろうと決めたからには仕方ありません。

でも推しに敵対宣言されて悲しまないファンはいないでしょう。
縋り付くように、私は静さんに問ったのでした。

「それじゃあ……私達、仲良くはなれませんか?」
「おや。別にそんなことはありませんよ」

どうしたことでしょう。直ぐに強く睨まれるものかとおもえば、静さんの花の笑顔がそこにありました。
私達はお友達でした、ペンフレンドとしてはそこそこ長いですしね。
とはいえ、敵同士であるならば、友誼は解消したほうがきっちりはっきりいくと思うのですが。

「貴女は私に障れなければ、共に歩くには少々物足りない……ですが、まあ面白くはありますので」

しかし、無法な存在である山田静さんにとって、そんな縛りなんて至極どうでも良かったのでしょう。
近くの私の友達以外にも聞く耳立てる数多の前で、それらに一切囚われずふわりと私の手を取った彼女は。

「私が貴女をやっつけてしまうまでは、友達でいましょうね?」

そう言って、微笑んでくれたのでした。

「はいっ!」

おかげで私は、今度こそ会心の笑みが出来たような、そんな気がします。

 

 

「うわあ……結局こうなったか……似たもの同士、というかちょっとキャラ被ってるもんなあこいつら」
「……そう、かな」
「ん? 汀様的には、よく分からんことで通じ合ってるこいつら総じて変わってんなあと思うが」

「川島さん、無理、してる」


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