ワガママなの

モブウマ娘 それでも私は走る

「ふぅ……」

灼熱が、己の中で燃える。
走る者たちは夏を大体嫌うもの。辛いは耐えられても熱を堪えるのは難しいから、それも当然なのだろう。

「いい、感じっ!」

だが、そんな当たり前なんて――――のように突飛なウマ娘には関係ない。
踏み込みに視界が揺れる。だが安定のために挫けそうな足首に力を入れることすら、余計だ。
足の裏はもう焦げ付いているようで砂浜の熱なんて忘れて久しく、故にこそその一歩は地を舐めるように行われた。
そして、自然低い体勢から更に前傾して行われた《《跳躍》》。本来のレースならば決して行ってはいけないそれが今回の必須である。

「とっ……」

つまり、スピカとの合同練習会行われたビーチフラッグに際して彼女はこれ以上ない程の横跳びっぷりを見せたのだが。

「負けるかー!」
「私もっ」
「ぐえ」

だが果敢さこそ、追う蛮勇を引きずりかねないもの。
誰より上手に跳ねた――――は、しかし下手なモノマネしたトウカイテイオーとスペシャルウィークがロケットのように跳んできたのに巻き込まれ、旗を得る間もなく手前で転んで弾んでそのままどこかへ消える。
そして。

「えっと……これ、ライス取っちゃったけど、いいのかな?」

先に逃げていた尾っぽ三つがまとまりころころしている後ろで、とことこひょいとしたウマ娘が一人。
その自称の通りに、彼女はライスシャワー。祝福を名前にした不幸体質気味な女の子である。
しかし、どうも今回はそんなの関係なく遠慮しながらも彼女は勝利をおさめた。
摘んだ青いフラッグを持ってきょろきょろしている彼女に、チームスピカの綺羅星達は口々にこう褒め称えるのである。

「漁夫の利……ライス先輩、流石ねっ」
「出遅れと思ってたら追い込みっつーか、この展開読んでたってか? かー、策士だなあ、カッケーぜ!」
「おーい。ライス後乗せすんのは反則だろー! むしろこれから麻婆茄子食べに行こうぜー」
「違うと思うけど……後、この暑さで辛いのはちょっと嫌だわ……」
「わ、わあ……皆、ありがとう……」

その抜け駆けっぷりに何のヒントを感じたのか、ウオッカを筆頭にライスシャワーを囲んでやんややんや。
まるで胴上げでもはじめるような程の元気に褒めっぷり。
ゴールドシップの言っていることは正直良くわからないが、皆本心であるのが伝わりこれには褒められ慣れてないライスシャワーもにこりとしてしまうのだった。

「やられた……」
「うう……まさかボクがジャンプのタイミングつられちゃうなんてー」
「ごめんね――ちゃん抱きついちゃって……あ、わざとじゃないよっ! ――ちゃんの身体すごく柔らかかったなあ、って別に思ってないから!」
「これは、テイオー並にいいタイミングで跳べた私を褒めるべきかな? 後、スペちゃんはむっつりだね」
「む、むっつり……」

そんな、レクリエーション勝者周辺の盛り上がりっぷりに反して、先まで団子してた三人は落ち込み気味に熱砂に戻りゆく。
愛する相手からの手酷いむっつり呼ばわりにスペシャルウィークはその場に停止するが、しかし当の――――は気にすることなく勝者へと向かう。
揉みくちゃ気味の新たなお友達に苦笑しながら、少女は零した。

「うー……ライスさん、運いいねー……いや、これは普段の行いの差かなあ……」
「えっと……――ちゃんはいい子だと思うけど」
「きっちりそう返してくれる時点で、ライスさんの勝利は決まってた感じだねー。うん。ジャンプに賭けるより、素直に駆けてた方がずっと良かった」
「そう、なのかな……」

――はそう言うが何が良かったのか。それこそ自分なんかが勝ってしまってよかったのかすら考えて、ぎゅと、旗を握りしめるライスシャワー。
ウマ娘らしく走りに関しての勝ち負けはそれほど心に影を残さない彼女ではあるが、しかし遊興のようなところでは持ち前の小心さが出るようだ。

「ライスは、――ちゃんに勝って欲しいけれど……」

それは、こんなところで出てしまったライスシャワーという少女の本音。
彼女の前で前髪がはらりと垂れて、開けた左の視界をわずかに隠す。

ライスシャワーは、正直なところ――――というウマ娘にあてられていた。
本来ならば、もう一年待ってから全力で駆け出す予定だったのに。しかし今彼女はトウカイテイオーをライバルとして目下努力中。
それが、――の皐月のあの日の懸命を観てのことであるのは疑いのないこと。

「それは嬉しいけど……うん。だから、今日はライスさんももうちょっと楽しもう?」
「えっと……楽、しむ?」

しかし、目標はあの日の紅き火炎が嘘のように、ふわりと優しい。
そっと乱れた髪の毛を整えたままに撫でてくれた――の瞳はとても明るい色をしていて、破滅的なあの走りがもう信じられず。
でも、――――というウマ娘は確かに彼女でしかないからには、責任を取るとして合宿にライスシャワーを連れてきて。

「うん! だって、私は貴女に火を点けてしまったけれど、貴女が私にはなって欲しくはないから……」
「――ちゃん?」

燃えカス。口の悪い誰かが――――のことをそう呼んだ。
治って、直ぐに神戸新聞杯にキングヘイローと共に出場表明した、彼女。だが、本当にこんな彼女で勝てるのかとは、多くが思ったに違いない。
それくらい負けた――――は走るのだけではなく生きるのすらとても楽しそうで、緩んでいるとすら思えてしまうくらいに輝いていた。

ライスシャワーは、分からない。負けて、でも更に全てに対して懸命になっただけのこの子が、悪く思われてしまうなんて。
本当は、きっと――ちゃんは悲痛を堪えているに違いなく、そしてそんなになってしまうくらいの喪失があったような気が祝福のウマ娘にはしていて。

「大丈夫。今は私がここに居るから」
「あ……」

でも。確かに――――はどうしようもなく――――。
一人で駆けていたライスシャワーを、破滅へと進みかねないその孤独を嫌って微笑みかけてくれた少女は間違いなく、嘘ではないから。

だから。

「何二人して真面目な顔してんのさっ、えーい!」
「わぷ」
「あわわ……――ちゃんが水頭からかけられちゃっ……わぷ」
「ライスちゃんも! 勝利のシャワーだよっ!」

もうどこにも行かないでという言葉はバケツによる可愛らしい水禍の中に消えてしまって、でもそれで良かった。

だって、――――もライスシャワーもこの時は。

「あははっ、ライスも私もびしょびしょ!」
「ふふ……」

同じ格好して、笑顔でいられたのだから。

 

「はぁ、はぁ……」

正しさを走らせることは出来ない。だから、代わりに私が走る。
勝っても負けても、いいんだ。それが少女の新たなる決意。

走るに、夜がいいのは――――は経験で知っている。
それは、誰もが心配しないから、自らの一人ぼっちを思い出せるから。

「皆は一人じゃない……一人にはさせたくない」

昼間はとても楽しかったという予熱。夕飯の際に小粒な先輩が見せた大食いっぷりへの驚き興奮。
それらをすら内のマグマが溶かす。

彼女は一人、駆けていた。逃げ出すように、しかし大人しくぐるぐるとコースのように砂浜を周る。
こんなのに、意味はない。オーバーワークはタイムに響くし、きっとそのうち起きた誰かが止めに入るだろう。

でも、それ以上に感じるのが彼女は嫌だ。
ウマソウル。それは、魂の触れ合い。温かった彼の空隙のために、冷たい心。それを温めたくって、彼女は走る。

「だって、こんなにも一人って辛いからっ!」

ターフと違う、砂の心地。足下に覚えるリズムの不一致。
それら全ては本来彼女にとって勉強になる要素でしかない。
だが、そんなの知ったことかといたずらに踏み込む力は強烈。

「っ!」

どこかに飛び立ってしまいたい。本当は、彼女はそう思っている。
――――という彼に、もう一度会いたいから。

だが、本当にそれをしてしまえば、自分と同じものを他に覚えさせることになる。
この胸の冷たさを、もう誰にも彼女は感じてほしくなくて。

「――ちゃん!」
「っ」

無理に壊れずとも、しかし時は来る。彼女が真っ先に彼女を抱き留められたのは、ただの偶然。
心臓の音が二つ。それを聞きながら草臥れて止まってしまえば、熱なんてどんどんと消えていく。

だからただ、彼女は世界はとっても綺麗だと思う。
ああ、それだけでいいというのに。

「あは。星、綺麗……」
「――ちゃん……」

感動に、涙は溢れずしかし悼みの心から涙は止まらない。

もし、ずっと湛えていた――――の笑みが、痛みを堪えるものだったとしたら、それは。

「ライス……ここに居るよ! ずっと居るからっ!」
「……ありがとう」

それを理解して尚、彼女に笑顔で居てほしいと思う心は果たしてワガママなのだろうか。


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