番外話一 心の勘違い

私は彼女の魔嬢(まじかるすてっき)

番外話一 心の勘違い

嵐山心は、大須滴が好きだ。それは、常識的な範囲を多分に超えて、どんな形にも留まらなかった。茫洋と、ただ思って彼女は彼女の近くで安堵する。

だから、一息つける家の中、最愛だった家族の間であっても今やつまらなくなっていた。ぬいぐるみに溢れたベッドの中、心は中々眠れずに身じろぎする。

「うーん。すてっきーは、怖がっていないかな? ちょっと心配だなあ」

心は、ゲームセンターのUFOキャッチャーにて永大に取って貰ったびょんびょん狐のぬいぐるみを代わりと、抱きしめそう言った。そう、滴が何かを常に恐れていることを、彼女は知っていたのだ。沸き起こる庇護欲に、少女は抱擁を強める。

「あんなに可愛い子、他に居ないよね」

あまりに美しい一皮剥けば、そこには独りの臆病な少女。心は、何時だって滴を抱きしめたいと思う。震えを止めて温めてあげるためにも全身を預けて、そうして彼女を独り占めしたいのだった。だが、嫌われるのが怖くて、そんなことはそうそう出来ないのだが。

「恋とは、違うけれど……」

自分の恋愛の相手は、きっと幼馴染みの永大が相応しいのだろうと、心は思う。自分を守るために、悪いことまで覚えてくれた、そんな彼は男の子の中で一等好きだ。他がからかうばかりの問題外であるから、当然といえばその通りだが。

とはいえ、滴が恋するに値しない、という訳ではない。隣にいて当たり前である永大に対する思いすら小さく感じられてしまうくらいに、彼女の存在は心の胸の内を占めている。同性であることなど問題にならないくらいに、一番好きだった。だが想いが大きすぎて、最早恋人という関係に至ったくらいでは足りない気もしてしまう。

愛する対象は近いほうが良い。だが別に、過度に触れて混ざり合いたい訳でもないのだ。別段心に、性愛に惹かれる部分がない、ということもないが。

「すてっきーはおっぱい大きいもんね! きっと、ふっかふかだよ!」

そう言って布団の中、心は残念無念な自分の胸元を掴みそこねる。握った空手に、思ったものとの落差を感じて、少女は笑った。愉快である。そう、性徴足りない自分だからこそ、きっと滴の隣に居ることが許されるのだと、その事実を理解して彼女は口元を歪ませていた。

「あはは。綺麗で、大っきくて、とっても優しい子。私はそんな素敵な子の引き立て役」

未成熟で、ちんちくりんで、分からないから自分中心。心は、自分がそういう子供であることだけは知っていた。でも、だからこそ大人な滴の笑顔を引き出すことが出来る。そのことばかりは、皆に評価されていた。

「すてっきーが、もし下を向かないで周りを向いていたなら、何か違ったのかなあ」

滴は何かを恐れて、下を向いている。だから、高みを見ないで、多くの視線に気づきもせずに低きを見つめるその所作から、小ぶりな心と目が合ったのは自然なことだっただろう。

「誰よりも優れていて、明らかに、主人公さんなのに」

人より手が届く範囲が広く、宝石の如くに誰もが目を奪われてしまうくらいに輝いている。だが、滴は自分が世界の中心であると思いもしなかった。少し視線を上げれば、素敵な光景が見えるかも知れないのに。けれども、彼女はそうしない。だからこその、今がある。

「私なんかにすてっきーは勿体無いって、分かってるけど……でも譲れない。好きなの」

心は丸まり、自分言葉に僅か熱くなった胸を押さえる。過ぎた友愛のじゃれ付きは、しかし滴に親友によるものと認められていた。だが、彼女の想いは親愛なんてとうに超えている。

ああ、あの夜空を流し込んだような黒髪が愛おしい。滴の瞳と比べてしまっては、メノウですら汚らわしいもの。あの独特の芳しさ、美人は果たして代謝ですら美しいのか。全てが、他を逸している。更には、その内までが負けずに、純。そんな彼女の隣に在れることが、どれほどの歓喜を胸中に呼ぶものか、余人に分かるものではないだろうと、幼き少女は思う。

「まあすてっきーとならきっと誰も相応しくないから、良いのかな?」

そう言って、心は先に振られた少年のことを考えた。あんまりなまでに不相応な告白をしたらしい彼、柾健太。彼のことを問題にせずに送り出したけれども、それはむしろ残酷だったのかもしれない。消沈どころではなく、抜け殻のようになってしまった様子の少年を、相変わらず下ばかりを見つめている滴の代わりに少女は見ていた。

そして健太から聞こえた、思い出せば、という言葉は果たして何だったのだろう。心には解らない。そして、わからなくて良いとする度量が彼女にはあった。だから、少年の苦悩は届かない。

「格好良い、程度じゃねー。こころちゃんくらいに強くなければ駄目なんです!」

おどけて口にしているが、それは間違いのないこと。滴という太陽の側でも挫けない強さが、要った。嫉妬と恥の炎に焼かれても笑い飛ばせる図太さが必要なのだ。そして、周囲の怖じに共感しない心根も。それは、他には中々あり得ない。

たとえば多く、麻井瞳に棟木早良のような周囲で文句を繰り返す存在は自分を見てくれないことに捻て、目に入るところで悪いことをしているばかりの小物である。加害者として滴の注目を得て自尊心を得ている、そんな子たち。

そして、身体が小さいからこそ滴の低視線に這入れた襲田茉莉。こちら等はむしろ強かな方である。麻井等に目を付けられて、些細な虐めを受けて助けを求め、そうして被害者として注目を頂いて彼女は笑うのだった。

心は、正直なところ麻井と棟木よりも茉莉の方が苦手である。それでも友達であるからこそ笑いかけるが。けれども、相手が自分を本当に友と感じているかは疑問である。なにせ、勝手に隣へと視線が集まっていくものだから。

滴の周囲で起こるのは上辺と中身がちぐはぐで、奇々怪々な人間関係。それは、主人公以外の全ては道化であることを考えると、道理であるのかもしれない。

「皆、すてっきーの魔力にやられているんだよねー」

私も含めてと溢し、そっと心は身体を起き上がらせた。そして、くせっ毛を弄ってから、枕元に置かれた血のように赤いチョーカーに優しく触れる。

「すてっきーは何時か、私を独り占めしてくれるのかな?」

心は首輪を贈る意味をインターネットで調べていた。その中の一つに、独占というものが見つかって、思わず胸がきゅんきゅんしてしまったのを、彼女は覚えている。

普段から考えて喋っている滴のこと。まさか、彼女が特に何も考えずに選んだのであると心は、思いもしない。

「私をワンちゃんみたいにしたいのかなー。よいしょっと……わんわん」

心が首輪で思いつくのは犬だった。おもむろにチョーカーを付け、今は亡きポメラニアンのお姉さん、オチバの鳴き声を真似て、彼女は小さく丸まる。

イメージとしては、カドラーの真ん中で抱き上げられるのを待つ子犬。だが、首元の締め付けだけで心は満足できなかった。呟かずには、いられない。

「……私はすてっきーのモノでいいのに」

半端な自由が恨めしい。もっと、縛って刻んで欲しい。少女はそう思わずにいられなかった。

「でも、どうして、私だったんだろ…………あふぅ」

だがここまでが、分析的でない少女の限界。幾ら興奮したところで、眠気は忘れずやってきた。首元の幸せな硬さに触れながら、心は眠りに落ちていく。鎖が欲しい、いや紐の方が可愛いかなと思いながら、どんどんと意識は沈む。

翌日、首輪は跡になって目立つようになり、盛大に滴にからかわれることとなる。そんなことを知らずに心は目を閉じる。

 

「心を使って自分を隠そうとしている、そんな感じだ」

そして、完全に眠りに落ちる直前。心は以前に呟かれた、そんな観察者の言葉をふと、思い出した。

だが、それも夢中に消えていく。相変わらず、彼の痛みに共感できないままに。

 

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