ルート2 倒木の無常 木ノ下紫陽花③

原作版・皆に攻略される百合さんのお話

星の光一つさえあれば、綺麗は決して闇の中に沈まない。長き髪は散り散りに光を反射し、白く淡色の頬は黒と正対して艶を見せる。
そんな風にして日田アヤメは月光浴びて輝かんばかりに見目を夜に晒しながら、しかし心からの苛立ちに歪ませて吐き捨てるように言った。

「まったく、どうしてお化けは古くさい、汚いところに湧くのかしら……不潔。そんなのと戯れてるお姉ちゃんが心配だわ」

場を示した不潔との言。そう、アヤメは随分と旧く機能を忘れられるほどに亡くなった、そんな荒ら屋に足を踏み入れていた。
モノは、殆どない。木で出来ていたおおよそは、腐って底から生じた竹の浸食にあっている。
またそこかしこに乗った埃たちは、粘りを底にしている上微生物に細菌すら孕んでいるだろう実に汚らしいもの。真っ当な精神ならきっと、避けて通りたくなるだろう。
だが、それを楽しげに散らかして遊んだらしき様子がまた、訪れた少女の心をさざ波立てるのだった。
もう命の残り少ないからと姉直々に教わった家事などは免許皆伝済みの出来た妹は、しかし大好きを求めて不安を彷徨う。

「はぁ。やっぱり、お姉ちゃん、あの子とこんなところに来てたのね」

溜息は、深く沈む。さて、あの愛おしきちっこいお姉さんが家から抜け出してからもうひと月以上になるだろうか。
百合は、これからは紫陽花ちゃんと一緒にいます、何かあったら叔母さんのところに行って、探さないでね、という短い手紙を置いて去って行った。
白魚の指にて薄い一枚を握りつぶしながら、どうやら姉は幽霊にたぶらかされてしまったようだとアヤメは理解する。百合の気持ち的には二人きりでいちゃついていたいようだが、そうは問屋が卸さない。
その日からアヤメは百合が混ざったお化けの噂の尾っぽを追いかけ回しながら、昼は眠り夜を歩くようになる。彼女にとって学校や将来なんて、姉を忘れて楽しみ求めるものではなかったから。
捜索には、全力。しかし、追い掛けても追い掛けても中々あのひ弱娘が見つかることはなかった。

「私が居ない間を狙って通院したり叔母さんへ話を通したりはしてるみたいだけれど……それ以外は本当に分かんないわね。何が楽しくて私達を放ってお化けと遊んでるんだか……」

アヤメは、放逐された家屋が並んだ一角にて探索の途中に出くわした足が沢山ある人形のお化けを睨み、その険で退散させながら考え続ける。
姉が私を愛してくれていたのは間違いなく、そして遺憾ながら周囲の殆どの命を愛してもいたのも理解していた。むしろ、もったいないお化けを筆頭に百合という少女はホラー的な存在を恐れていた様子もあったのに、しかし今は夜な夜なそんなのと戯れているみたいだ。
まこと心変わりが急に過ぎていて、付いていける気がしない。

「お姉ちゃんってなんだかんだ目立つから、都市伝説みたいになってきちゃってるのよね……」

弱々しくもあれは一介の花であり、輝く命でもあった。そんなものが夜にてお化けときゃっきゃ言っているのを見た人間がどう反応するかは明瞭だ。
大概がその暗がりとのあまりの不似合い振りに、あり得ないモノを見たのではと恐れてしまう。そして、その恐怖を理解で消化するための会話がやがて噂となる。
また、百合が遊ぶのにチョイスしている場所の大概が、怪談語られるようなひと気のないところであるのが問題だった。
街中にて白い少女が何かを求めて夜をうろついているという噂には、尾ひれ背びれが付いて最早よく分からないものと化している。

「はぁ……やれ口が裂けてるだの、自分を殺した相手の命を求めているだの、失くした片足を探しているだの、酷い言われようよ、お姉ちゃん?」

対象を見失ったため、星々が眩し過ぎるきらいすらある夜空に向かってアヤメは呟く。
時節的には夏から外れているがホラー的にはホットな話題に、飛び付く数多は余計を足す。その結果、百合は何でもありのとんでもお化けとされてしまった。
ちなみにあんな良い姉をそんなバケモノ扱いなんてと、聞き込みした後に相手に食ってかかるアヤメもそれなりに悪く噂されているのだが、実際知らぬが仏であるだろう。
勿論、生家のある街と隣接している姉が住み着いているらしい過疎地帯にまで毎夜自転車で通っている妹にとって、他人なんて実は本当にどうでもいいものである。
ただ、言葉につられて姉が戻ってきてはくれないかと期待して、帰ってくるのはしじまばかり。

「全く……早く私のところに戻ってきてよね」

変わらず。少女が出した心よりの本音だって、夜の暗がりへと溶けるばかりだった。

どうやらこの世において、終わりは赤で表せるもののようである。
停止の色、血の色。そんなものが終末に採用されるのは決して不思議ではない。
とはいえ、何かが行ったのだろうその選択は危うさを孕んでもいたのかもしれなかった。

「さようなラ」

だって、それはこの世を害するのに必死な怪人のマントと同じ色だったのだから。
赤マント。赤が良いか青が良いか、黄色が良いかと問って、どの場合でも相手を殺す怪異。
彼はそれ以外の情報はようと知れない人でなし。そんな存在が纏うものこそ赤色だ。
むしろ、彼は赤色の停止と血の意味が怪人として凝ったような存在ですらあったのかもしれない。
故に、終わりの赤と彼は交わりイコールと化す。
ぐずぐずに罅の入った赤いマントを棚引かせ、がしゃがしゃ鳴る身体を引きずりながら彼は場違いにも昼を歩いて血の赤を散らす。

「きゃ……」
「つかまえタ」
「な、あ……」

最早問答なんて無用。赤マントは明瞭の園にて終わっている全身を持って人に触れて死の赤色を伝染させ疾く破砕させる。まるで死の権化として彼は我が物顔で街を闊歩していた。
今日は晴れに青が何より高く空を覆っていて、そこに雲の陰りすらない良い天気の一日。だが、眼下を執拗く望んで見ればそこには赤いばってんが広がりを見せていた。
粉々に朱くなって散らばる、散華はどうにも人の死と結ぶには辛い。だが、そんなことも気にせず赤マントはガシャンと崩れた人だった者を踏みしめ真っ直ぐ進む。
まるで目的地でもあるかのように迷わない彼は、一人二人と数えるのはとっくに止めていた。彼に拠って靡いた朱は、そこかしこに跡を付けて街を汚す。
警邏の者達の避難指示すら遅すぎれば、そもそも日差しの元ガラスに赤ペンキを被ってしまったようなだけの人間に見える何かを恐れるものは少なかった。
ああ、それがグラン・ギニョールな死の見世物とは知らずに、多数は逃げ怯えずむしろ笑って逝った。故に、終わりの赤を纏った男は未だ十全に死をまき散らせる。

「ふム……こっち、かナ?」

足跡すら、地面の死。赤マントが踏んだそこには赤の花ばかりが、アスファルトに咲いていく。この世で一番大事な者が存在していた彼女のためのテリトリーを、彼はどうでもいいと進んで赤で汚染する。
いや、どうでもいいというのは違うのかもしれない。何せこの世において重要な点、最後の支えなんてものが近くにあるなんてなんて彼にとって都合の良いことか。
それすら壊してしまえば最早全ては真っ赤に疾く死んで終わってゆくのだろう。熟れ落ちたトマトのように、それは間違いなく。

「仕方がないことサ」

そう。何せ既に赫々と、この世は終わりの赤を選んでしまったのだから。

「何だお前は……な」
「ふむ、ここ、カ」
「…………」

そして、行き着いたのは、とある学校。元々ベビーブームの時代に創られただけあって枠としても広く、高くないハードルにて多くを求めていた、そんな県立高校だ。
多くの大人びた稚さを育んでいる、当たり前のようなそれは、けれども一年以上前まで主人公が通っていた何より特別な舞台。綺羅びやかでは決してない、それでも中心として未だ重い意味を持っていた。
赤マントはそれを知りつつ門前にて草木の手入れをしていた男性の顔をくしゃりと握りつぶすことで黙らせ、そして。
一歩。がしゃん。もう一歩、ぐしゃり。そんな滑稽な音色こそが、終焉のノックであると誰が知ろう。

「これで、どうかナ?」

ぱかり、と口元だったそれを割った彼は、迷いなくその門柱に刻まれた西郡という学校名に赤を塗布する。

「あはハ」

ピエロの哄笑。やがてがしゃん、と名称を概念ごと終わらせられた学校全域は全て脆くも紅く、崩れ去るのだった。

「え」
「あ」
「嘘」
「そんな」

ばきばきばき、ぐしゃりぐしゃり。
誰かの大切の凡てはその歪が突き刺さることで、瞬く間に死に絶えていく。彼彼女らは、末期にすら愛や意味を表すことすら出来ずに、幼いままに赤や割れた学校の破片に飲まれて潰れて刺されて血の赤を散らす。
こんなの、ホラーというよりただのスプラッタ。無意味な暴力に誰一人共感なんて出来るはずなく、故に傍観者の口元は呆然と歪む。

ああ、楽しいと赤マントは笑顔を作るのだった。

「死を前には、恐怖も愛も、滑稽ダ」

死は平等。それはあまりに然り。赤いマントの此度の業にて主人公や少女の愛したもの達、それどころかヒロイン達すら巻き込まれた。死は死のまま紅く降って、尽くを殺す。
学校で学んでいた数多。その中には当然、火膳ふようも、月野椿も、金沢真弓も存在していて、嘘のように一重に亡くなっていた。
赤い学舎だったものからから染み出るのは、血の赤。どんどんと辺りは死にガラガラ崩れ落ちながら、しかし生きる要素はそこに殆ど見当たらない。
理解できない大ぶりの欠片たちの中で、血の粘りだけがどうしようもなく悩ましい。

「ふム。これで良イ」

それを赤ペンで良しと丸付けたのは、下手人の赤マント。惨劇を前に、もう笑うことすらなく頷いて、次の終わりへと彼は踵を返す。
しかし、そんな歪な満足の前に。

「お前――」
「おヤ?」

赤を弾いていても、あまりに一瞬の死に過ぎていて誰一人たりとて助けられなかった鬼が、いつの間にか彼の前に立っていた。
それは、知らなかった。でも、知っている。故に、愛すら感じていた全てが台無しになったことを、どう思うか。
当然の怒りに表情を亡くした彼女はその右手を空けて赤マントへと向けていた。右腕は、細くとも無限と繋がっていて、でも彼彼女らの生命を掬うことさえ出来ない代物。
だが、持ち主は一人死なんて克己出来るくらいには特別に過ぎても居た。

そして、首を傾げる最悪に向かって少女は一言。

「消えろっ!」
「ア」

ぎゅっと思い切り握る。それさえしてしまえばもう、悪は悲鳴も許されることはない。
そう、怒髪天を衝いた彼女の手ずから、紅い死はその意味を成せないほどに圧壊されて消え去るのだった。
ああ、こんなの悪質な嘘のよう。死の塊が笑った後に、もっとどうしようもないものに潰されてしまうなんて、なんて暴力的で滑稽、彼の言っていたグランギニョールのようとはこのことか。

赤も死も後に残る者すら塵すらなく、まるで最初からなにもなかったかのように、赤いマントの怪人は現れて直ぐになくなる。
さてこの通り、楠の鬼の前には、幾ら悍ましかろうとも死すら遠く儚いものでしかなかったのだが。

「なんて、ことだよ……」

でも、怪人が残した傷跡のあまりの悼みに楠花は足を抱いてうずくまってしまう。

「さっきまで、一緒に笑ってたのに、語らっても、いたのに」

最強。でもそんなだからこそ、大切にしていた日常を横から壊された土川楠花は、終わってしまった者達に向けて、涙を流すことすら出来なかったのだ。

「お前らじゃなくちゃ、もう私は温まらないのにっ……」

紅の瓦礫の下、鬼は久方ぶりの一人ぼっちに震えるのだった。

 

がらり、がらり。
通り魔の道化の活躍によって、中心舞台は壊れた。
後は主人公の愛したただ一人のヒロインのみが意味深いばかり。

『あはは、百合ちゃん遅いよー』
「はぁ、はぁ、紫陽花ちゃん、待ってー」

でも、そんな日田百合だって、ただ夜に死を追い掛けているばかりであれば。

「ぽぽぽぽぽ」

もう、彼女にとってだって見つめる価値など殆どないのかもしれなかった。

「ぽぽ……これでお終いで、本当にいいの?」

残念そうな口調に反し、既に高子は天蓋たる帽子に手をかけている。

『あはは!』
「ぽぽぽ……」

だが、高みから見下ろす怪異は未だ愛を胸に、幕を降ろす前にどうしようかと悩み続けているのだった。


前の話← 目次 →次の話

コメント