第二十七話 アンニュイ✞ラブレター

ハルヒさん2025 【涼宮ハルヒ】をやらないといけない涼宮ハルヒさんは憂鬱

私の内面世界は、うす暗いわ。
それは本物の閉鎖空間を模したものを常に心として展開しているからだとこれまで私は思ってた。

とはいえ、それには多分に再考の余地があったみたい。何せ、私の身体の本来の持ち主がその熱を少しの間預けてから離れた今だから。
肩までのセミロングヘアに、オレンジのカチューシャ。それに北高の制服を着込んでいるなんて、正しく今朝鏡越しに見た姿そっくり。
そんな中で一等違うのは、その瞳が多少曇った様子であっても燃える意思が煌々と輝いているところね。もう、なんとも主人公らしくて気圧される心地すらあるわ。
でも、そんな私と似て非なる全てが喜ばしい。先の素直過ぎる告白に少し照れた様子の彼女に、私は頬を綻ばせてからこう言ったの。

「やっと、会えた」
『……そうね』

そう。私が誰より望んだ彼女は、なんと私の中に存在していたのだった。
どうにもしおらしく頷く少女は、でも間違いなく輝きそのものであってだから私は本物の【涼宮ハルヒ】だと理解できてしまう。

「うーん……」
『何よ』
「あなた、改めてやっぱり涼宮ハルヒだなあって」
『そんなのここじゃありきたりよ。あんただって涼宮ハルヒじゃない』
「むむ……」

感動に涙は出ずともしかし、目はどうしても瞬かせてしまうわ。何しろ私の中にあれだけ探していた本物の涼宮ハルヒが地に足をつけて立っている。
こんなの追い詰められた私の妄想かもしれないと最初は迷いもしたけれど、違うみたい。思えば先の抱擁は驚くほど温かかったことこの上なく、つまり温度差が私と彼女には存在していて故に同一ではないの。
そもそも私が想像もしない言葉を、しかも時に思いやりを持って語りかけてくれる【あたし】なんて、まったく他人よね。
ただ、どうしても奔放になっちゃう私の髪型とオリジナルのストレートヘアとの違いはともかく、顔形はあまりにそっくりでどうにもこの子の持つ憂鬱が余所事には思えなくって困っちゃう。

私がじっと見つめてくる【あたし】のその視線に困って足元に目を逸らすと、そこは嫌にキラキラしていてどうにも見覚えがあった。
なるほどここは変わらず私の中の見知った世界だから当然居るのねと、オリジナルの命令を忠実に守っているその子の全容を瞳動かし私は認める。

「あ。この子……」
『そうね。これは物持ちのいい【私】が可愛がってる子……超能力者連中は、こういうの神人って呼んでるんだっけ』
「そうだけど……それが?」
『ま……随分大げさな名前だと思っただけよ』

そう。つまり、さっき【あたし】が地に足つけていると思ったけれど、私たちって実際は今とある神人の手のひらの上に乗っているのよね。
ずっと淡くピカピカしているのは、意思疎通に難があるけれども私が長年遊んできたある種谷口なんかより親密なずっ友である神人。
まあ、最初に生み出したものって何でか大事にしたくなるわよね。それはきっと、《《あたしだって同じ》》。
私は軽く手の平を振って挨拶したら、彼だか彼女だか分からないこの子も手を振ってくれた。
ただ私と違って随分と大きいから規模の違う風が生まれて私の前髪がぱらぱら散ったわ。
反して体の前で腕を組んで仁王立ちのまま背中で風を受けきった【あたし】は、そしてこう続けたの。

『だったら、貴女《《も》》神みたいなもんね』
「私も?」

大きなクエッションマークを頭の上に浮かべる私だけれど、目の前の本物はただひたすらにつまらなそうに言い捨てていた。
私には引っかかったけれども、全てを知っているのだろう【あたし】には特に感じることもなかったその一言。
そればかりがどうしてか私には引っかかったの。まるでそんな事実、今更気にすることじゃないって言っているみたいで。

「んー……」

だから私は周囲に散らばっているだろうヒントから答えを探そうとしたの。
目の前の女の子は私が敵わずともお手本にしていただけあって、流石にほとんど完璧な愛らしさを持ってる。ちょっとアンニュイな様子だって彼女が纏うならシックな色したドレスと大差ないわね。
正直に、材質が一緒のはずなのにびっくりするほど私と【あたし】は大違い。魅力っていうのは内面からくるものなのねって、改めて分かっちゃった。

とはいえ、世界で一番美しい私の鏡をずっと見ていたところで彼女は努めて黙っているようだから答えてはくれなそう。
もっとも高みから見下ろした周囲にあるのは私が暇をあかして閉鎖空間にクラフトした現実世界の偽物ばかり。
大体がそこらに放してある神人達が築き上げたものばかりで彼らを大体愛している私的にはほっこりする代物ではあるのだけれども、それも別段真実を教えてはくれなかった。

でも、もう分かるでしょうと言わんばかりに不動の【あたし】を前に、ならば何が彼女が溢し続けている謎めいた言葉を理解するための材料になるのかと空を見上げる。
そして、答えは一目瞭然にそこにもくもくと広がっていた。

「ああ……そういうこと、かしら」

つまり、私は天空を覆う灰色の中に答えを見つけたの。よく考えたら晴れ晴れした空ばかりが愉快と感じる私があんなの、最初から用意する筈なかったから。

さて。私ったら自身の中に閉鎖空間を作る、っていうのを実行しているけれどそういえばそれはどうして始まったのかしら。

改めずとも、涼宮ハルヒの物語を知っている者だとそれって中々思いつかないだろうやり方よね。
何せ、閉鎖空間っていうのは世界に干渉するように発生する、古泉くんみたいな超能力者の人たちが対処してくれなければそのまま大きくなって世界をひっくり返しちゃうような爆弾じみた異界。
そんなものを、自分の内に発生させるなんてありえない。
実際は上手く力を用いさえしていれば常用できるくらいには便利だったけれど、でもそんなの普通はやり始めるのは怖いと思うの。
いやまあ、以前の私が身体なんて爆発四散しても構わないから実験したい、みたいなお馬鹿さんだったのなら分かるけれど、多分違うわね。

『やっと気づいた?』
「あはは……」

淡い果実色の唇が、呆れを載せた言葉を周囲に転がす。それに、私は苦笑いで返す他なかった。
何せこれまで私は、ちょっと考えれば分かることを見て見ぬふりをしてきていたのだろうから。
そうなの。実のところそんな自棄っぱちになったのはきっと、私ではない【あたし】だった。
そんな悲しい事実なんて想像したくもなかったけれども、代わり映えしない曇り空の下、私は本来の涼宮ハルヒと正対しながらこう結論づけたの。

「この【心の閉鎖空間】を生み出したのは私ではない……むしろ、ここで私が生まれたのが本当のことかしらね」
『ふぅん……【私】にしては賢いじゃない。まあ最初は、貴女がやけに大事にしているその神人と殆ど変わらなかったっていうのは間違いないわ』

私はようやく理解する。私は【あたし】にとって最初に生み出したモノ。
それは大事にしたくもなるわ。また可愛らしくお人形さんしていたらいっそ、抱きしめたくもなるかもしれない。
愛着。でもそれだって、私にとっては嬉しいことかもしれないわ。
やっぱり私は【涼宮ハルヒ】の偽物で、まあ別に転生とは勘違いだったみたいだけれど、偽物に違いなかった。けれども、こうして少なくとも愛されていたと知れたから。

いやずっとおかしいとは、思っていたわ。細かいことだと涼子が宇宙人だっていう記録が《《何時の間にか削除》》されていたことや、私の髪の毛が幾ら整えてもふわふわ浮かび上がっちゃう理由の意味不明さとかね。
私は【涼宮ハルヒ】という神の偽物なのに、思う通りにならないことがそこそこあった。それはつまり、主体が他にずっとあったということ。
神の偽物を導く上といったらそりゃ神しかないでしょうってことで、もっと早く存在を確信していればよかったわ。

「ふふ」
『はぁ』

私が求めたあなたが隣にいてくれた。それはとても嬉しいことだったのに。
どうしてだかため息をついちゃう【あたし】を前についつい幸せに微笑んじゃいながら、私は続けて反省の言葉を呟くの。

「全てが思いのままにならない……そんなの当たり前だと思っていたけれど、全能の力を持っているというのにそれって今更ながらおかしかったわ」
『あたしだって、全てが思う通りにはなっていないけれどね』
「へぇ……そうなんだ」

意外な返答に口をポカン。まあ、確かに本当に彼女が全能だったら、私なんて代理を立てずに盲目で白痴なカミサマにでも戻ってしまえばいいのよね。
それがしたくなかったか出来なかったかは分からないけれど、どちらにせよこの【私の涼宮ハルヒの物語】が【あたし】に必要なものだったと理解できたのは、良かった。

でも、こんな近くに居たならもっと早く言ってくれればよかったのにも思っちゃうわ。【あたし】ったら意地悪ね。
ずっと私はどこかのあなたのためになれたらと思っていたのに、そんな全てを隣で眺められていたなんて、とんだピエロ。
まあ、それでもあなたが笑ってくれたならそれでもいいと思えてしまうところなんて、我ながら都合の良い存在ね。
そういえばとふと、紅い視線を向けてくる私謹製の神人を見つめてから【あたし】にこう言ってみるの。

「私はこの子と同じなのね」
『違うわ』

しかし、彼女のカチューシャは左右に振られる。
私には、その理由が今ひとつ分からないの。私が誰かのためになるのを喜べるのは、存在理由がそういう風に設計されていたからと考えれば腑に落ちるのに。
自由意志まで創造できなかったから、私の手足の代わりになるしかなかった哀れな神人。だからこそ私はこの子を誰より愛すし、それは私に対する【あたし】の想いも似ていると想像していたのだけれど。

『貴女はあたしの希望で……唯一の理解者だわ』

やっぱり【涼宮ハルヒ】を理解するには経験三年程度の私は【涼宮ハルヒ】初心者ね。
【あたし】は、言葉にしたそんなよく分からないことを心の結論のように抱きながら、間近の私の手を確かめるように両手でぎゅっと握ったわ。

 

何となく二人場所を高度だけちょっと移して、今は地面の上神人の足元。
輝きの下だと少女の暗がりも少しだけ明るくなった気もするわ。
まあ、紙面情報として読み取ったみたいに【涼宮ハルヒ】は元気爆弾みたいなハイテンションが本当なのだとしたら、どれだけ心理的なブレーキがかかっているのか分かったもんじゃないけれど。
何とか私は【あたし】の心の陰りが取れないか、これまでやっていた私の頑張りが役に立っていないか色々考えちゃっていたけれども、彼女はこうぽつりと続けたわ。

『あたしは、最初自分の代わりになる存在を欲して創ったのよ』
「それが、私なのね」
『ええ。それで、あたしは貴女があたしの命令通りに動くものだと思ってた……でも違った』

【あたし】の視線の先には相変わらず曇り空。でも、あの灰色だって数多の粒のひしめき合いの結果であり、よく見れば動き回っていて興味深いものと私は思うわ。
悲しみや憂鬱だって、きっとそれと同じ。ただ暗いばかりじゃなくって、それは続く悩みの風景であって決してそれをダメと言いたくはないの。
ただ、やっぱり【涼宮ハルヒ】には笑顔が似合うと思うから、私はあえて舌を出して、こう戯けてみるわ。

「まあ、私は最初から勘違いしてたから……」
『そう。ふふ。今思い出しても笑っちゃう……何が転生よ。全くあなたは思った通りになってくれない……あたしの憂鬱とは正反対の何かね!』

すると鬱屈の中から多少の晴れ間が覗いてくれたから、私も嬉しくなっちゃう。
私が間違っていたからこそ、おかしくって少女は笑った。なら、これまでの困惑だってそれで良かったのだと思えるし、いっそ救いにすら思えるわ。
このヒトは私の親愛なる、創造主。でも、だからといって崇め奉るのは全く違う。むしろ調子に乗ったようにして、私はこう問うのだった。

「私にとってあなたは差し詰めお母さん? 【あたし】のことはママって呼んでいい?」
『ふふ。【私】は冗談が上手いのねー。そんな面白い口は真っ直ぐ綺麗に伸ばしてあげないと』
「いふぁいー」

すると、私は【あたし】に両頬を引っ張られてしまったわ。こんなに私の頬は靭性に富んでいたのねっていうくらいそれは伸び伸びとなる。
ただ当然痛いけれどね。オイタを直ぐに仕置してくれるなんて、立派なママさんねと思えどもろくに言葉にすることすら出来ないままにしばらくなすがまま。
とはいえ、目の前でヒマワリのように綺麗な笑みを【あたし】が見せ続けてくれたのだから、むしろこれって役得かしら。
そんな風に考えたくても、でも捏ねられたほっぺたは離されてもしばらく痛み続けるのだった。

「うう……痛かったわ……でもこんな様子ならもう、【あたし】は大丈夫?」
『そうね……【私】のおかげで最低でも、もう世界を飽き飽きだって滅ぼしたいと思えなくなったわ』
「それは良かった!」

憂いてこれまで殻にこもっていた彼女。しかし、そんな少女だって外が騒がしくなってきたらこうして出てもくれるのね。
まるで、天照大御神の岩戸隠れの逸話みたい。これまで踊る阿呆をやっていて本当に良かったわ。

まあ私なんて大違いの変数を世界に入れてしまったのだもの。それは誰の望外にも多くが様変わりするに決まってた。
それに元々世界って残酷だけれど、だからこそ魅力的なものだから無視し続けるのなんて難しすぎるのよね。
だからこうして顔を出してくれたのだから、あと一歩。私と互い違いに表に出て、世界を大いに盛り上げてくれればいいのに。
でも、慣れない本音の吐露の連続にそろそろ頬を赤くしだした彼女にその意思はなさそう。そろそろそんな理由が気になってきた私は、【あたし】に問ってみたわ。

「なら……どうしてあなたは表に出てこないの?」
『色々と理由はあるけれど……一番は、あなたに任せて今のところ上手く行っているからね』
「そうかしら……?」

ついつい下手な役者を自覚している私は首を傾げてしまう。
私じゃなくて【あたし】だったらという場面は多々あったけれど、私が大事な場面ってそんなにあったかしらと。
でも、キョンくんとお揃いの色をした彼女の瞳は確信に満ちていて、私には不思議。
私はどうしたって、あなたみたいに誰もの太陽みたいにはなれなかったのだけれど、と思わずにはいられないから。

でも、月にを代理にする恒星さんはにんまりといたずらっぽく表情を変えてから自信たっぷりにこう続けたわ。

『後、あたしが隠れてさえいればもしもの備えにもなるから、ね』
「もしも、って?」

疑問を投じながらもカリスマって所作一つにも溢れるものなのねと少女が立てた一本指に私は釘付け。
何もかもを一度識ってしまったのだろう【涼宮ハルヒ】は、しかし様変わりした道の先にて備えとして身を隠している。
その意味が今ひとつわからない私に、呆れたと手を広げてから【あたし】は話す。

『そんなの決まってるじゃない。可能性世界の干渉はどうにか弾いたけれど、それでも残っている敵に対してよ』
「えっと……私にはよく分からないのだけれど、そう思う相手のこと、聞いてもいい?」

敵。それは私があまり考えようとしていなかった他人の属性。
力持ちが狙われるというのは何となく理屈では分かっていても、でも信じたいから誰も怖くは思えなくて。
そんなちょろい私じゃあ、深謀だって持ち合わせているママさんには敵わないなあと考えながら、彼女のタクトのような指先を目で追い続きが発されるのを待つわ。
ちょっと伏し目がちに【あたし】は、こう言う。

『ええ。超能力者も好き勝手しているみたいだけれど気を付けるべきなのは、やっぱり周防九曜と……』

一度口籠った【あたし】。それがどうしてだか気になった私はきっと気遣わしげな表情をしたのでしょうね。
負けん気の強い彼女はだからこそ瞬く間に克己し、きっと言いたくなかっただろうことをあっさりと口にしてくれたの。

『谷口ぐらいかしら』
「え?」

それは、私の親愛なる一般人A。ただの友達でいてくれるだけと思っていた彼の名前が警戒感と共に彼女から出てくるのはちょっとよく分からない。
でも、分からなくったって分かりたいのは人情だと思うし、ましてやそれが他人のことでないなら尚更。
私は友達がどうして疑われているのか不安に思って口を開こうとしたのだけれど。

『ごめんなさい。詳細は教えられない』
「それは……」
『ええ。その方がきっと【私】があたしにとって都合のいい動きをしてくれるだろうから……軽蔑した?』

不安そうにしている【あたし】に、私はただただびっくりするしかなかった。
人のことなど気にしない。我が道を行くことが特徴でもあるだろう【涼宮ハルヒ】が私なんかの顔色を伺っている。
そんなの本当はあり得てはならないけれど、今ここにそんな光景が広がっていた。なら、私のすることは一つ。

「そんなことないわ! だって、あなたが私のことを思ってそうしてくれているっていうの、分かるから」
『あ……』

彼女がしてくれたように、多く熱量秘められたその手を取って、肯定してあげる。
そんなのずっと私がしてあげたかったこと。そもそも私のルーツが道具であるならばどうなったって仕方ないと思うのだけれど、でも彼女は理由不明にも嫌に優しい。
だからって私のために悲しまないでというメッセージを確り受け取ってくれた【あたし】は。

『――――私が、ここにいる』
「あ……それって」

何時かの七夕に地面に《《よく見えるよう》》大きく記した私の言葉を諳んじた。
驚く私に気を良くした彼女。微笑みを持って手を握り返してくれた主人公さんは。

『ふふ。随分直接的なメッセージよね? まるでラブレターに書かれるようなものみたい』

まああたしは恋愛感情なんて精神病の一種だと思っているけど、とだけ言葉を付け足してから。

『あたしにはあなたがいるし……【私】にだって、あたしがいるのよ?』

きっと他の誰にだって中々表せないだろう煌めく優しさを彼女は向ける。

「ああ……」

そして晴れない空のもと、輝く巨人たちの見つめる中、それとよく似た私は母なる【涼宮ハルヒ】の抱擁を再び受けるのだった。

 

やがて時計の音がうるさいくらいの静寂の中、私は目を覚ましたわ。
若干する消毒液の匂いに、ふかふかのベッドの感触、そして眩しい電灯。それらを含めて保健室に運ばれたものと理解した私はこう溢しながら起きたの。

「ん……私ったら、よく寝てたみたいね」

カーテンレールを走る白の中に隠されながら、私は少し大きめにそんな一言。
呟きは思ったより響いたようね、鋭い音を僅かに立ててから開かれた白いカーテンの向こうから出てきたのは見知った間抜け顔だった。
谷口は、相変わらず何も考えてなさそうな様子でこう挨拶してくれたわ。

「よお」
「あら谷口。おはよ」
「……もう夜だぜ?」
「なら、こんばんは、ね」
「違いないが、起き抜けにそれってのも変だよな……」

そして私と彼の間で、ちょっと抜けた会話が続く。
変に几帳面な様子を見せる谷口に私も笑っちゃいながら、そういえばどうしてこいつしか近くにいないのかしらと考えてみる。
【あたし】の一言が脳裏をよぎってしまうけれどまあ、谷口相手に余計なことを考えても仕方ないわ。
取り敢えずこうして起きて【涼宮ハルヒ】を再びやれることを幸運に思って私は呑気していたら、急に真剣な面持ちになった彼が問ってきたの。
少し多めに前髪垂らした谷口は、どこか不安そうにしてた。

「……お前は……お前だよな?」
「ええ。私は私よ……あなたが何時も教えてくれる、その通り」
「そうだったな……お前だけが涼宮ハルヒで……」

いつもの文句を今度は自分のためのように呟く谷口。それで安心しようとしている彼はやっぱり何か余計なことを知っていそう。
でも、こいつが敵なんてやっぱりあり得ない。試すまでもなく、だからこそあえて私はこう真っ直ぐに言うわ。

「違うわ、谷口。私も、涼宮ハルヒだっただけ」
「そりゃあどういう……っ!」

私達はただの友達でツーカーの仲じゃない。だから、彼の理解は遅れてやって来たわ。
でも、正しく私の言の意図を理解してくれた谷口はやっぱり腐れ縁だけあって、ありがたくて。

「嘘、だよな?」

だからこそここまで惜しんでくれることが少し悲しい。
まるで縋るようにこちらを見る彼に、残念だけれど私は首を振る。そして、何時かの別れを示唆する他になかった。

「ごめんなさい。私はきっと何時までも【涼宮ハルヒ】じゃいられない」
「そっかよ」

途端、何か用を見つけたかのように踵を返す、谷口。
その何時もより更にしょぼくれた背中にどう声をかけるべきか悩む私に、彼はこうはっきり行ってくれた。

「……俺は、認めねぇぞ」

そして、カーテンの向こうに影は消える。
彼はきっともう止まらないし、だから私のこの声が届くかなんて全くわからないのだけれども。

「ありがとう」

それでも、本当に嬉しかったからそう私はそう声に出すしかなかった。

 

 

太陽が隠れ、月が再び現れて。

「――――そう」

そして夜が動き出す。


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