第二十五話 申し訳なさメーターやテープレコーダー

ハルヒさん2025 【涼宮ハルヒ】をやらないといけない涼宮ハルヒさんは憂鬱

私は日々が輝いて見えるという楽しさの表現を、何そんなのお天道様がお空でビカビカしてたら当たり前なことじゃないと思ってた。
でも小説とかに描かれた先人たちの思いの丈の現れって、やっぱり貴重な経験談なのね。私は現在進行系で日常の眩しさ尊さに目を潰しちゃってる。
だからか、ただいまとお家に帰ってからしばらく、近頃のルーチンのように顔面をちょっと固めな枕に埋めてスカートのまま足を今もバタバタとさせてしまうの。

もう皆子供っぽくて可愛いし、身勝手なのも憎めなくて、でもそんな中から溢れ出す優しさがあったかくて。

クラスメートたちをそんな風に感じてしまう私はだから【あたし】と異なり、こんな結論を枕の中に隠しながらも零してしまうの。

「ああ、毎日が……楽しいわっ!」

今日一日の記憶をちょっと反芻してみるだけで顔面がにやにやしてしまって、仕方ないわ。
ただそんなの涼宮ハルヒらしくないから何時もは顔面に力を入れてつまんないという様子を見せているけれど、一人ぼっちの今くらいならいいでしょう。

「ふふ……」

存分に表情筋を再起動させながら、笑顔を枕にしばらく埋める私。もしこの場を誰かが見たら不審極まりないものに思うかもしれないけれど、きっと超能力者の組織の人だってプライバシーには配慮してくれているわよね。
まあ、最悪もし全てを監視されていたとしても、その記録をすら全てなかったことにすらできるあたしにはあまり意味がないかもしれないわ。
お前なんて涼宮ハルヒじゃない、なんて本当のことを叫ばれようがその証拠どころか糾弾すらきっと改変出来ちゃう力を持っている私なのだから、たぶん心配すら無意味。

「ふぅ……」

でも、あんなに綺麗な花たちだって頃合い過ぎたら花弁落としちゃうもので、なら私だって笑顔を延々と続けることは無理だった。
それは不安よりも、私なんかがこんな幸せを独占しちゃっていいのかな、という疑問から。
間違いなく【私】と【あたし】が違うのは、何だか付き合いやすくなったと谷口君に言われてからハッとした事実。

夕刻を過ぎて次第に暗くなりゆく室内。でも優れたこの身体はそこにも明るさを見つけてしまうのよね。カーテンの隙間からの輝きそれ一つで私は心和ませられる。
どうしてか最近ゆるくウェーブを描くようになってきた長髪を自ら手の甲で撫でつけながら、私はでも改めてこう思うの。

「しっかりと、私は【涼宮ハルヒ】をやらないとね」

それこそがきっと、【私】という月の光にすら愛を感じてしまう子供が、この世の太陽みたいに輝いていた【あたし】の代わりに存在する意味だと信じて。

 

さて改めて語りましょうか。私は涼宮ハルヒ、の代わりを少し前からやっている者よ。入れ替わって涼宮ハルヒ初年度な、でも現在中学一年生。
恐らくこの世界の主人公的存在だろう涼宮ハルヒが様々な問題を発生させるのが高校生になってからだから、それまで三年近い猶予がある現在。
東中学校にて学校生活を涼宮ハルヒの筋書き通り苛々とした風に過ごしているのだけれども。

「何だか最近涼宮、機嫌いーじゃねえか」
「……そうかしら?」

しかし、谷口君……いいえ、本人から呼び捨てでいいと言われたので谷口でいいかしら。彼には私の眉間にずっと刻まれたこのシワが見て取れないようね。
あえて私は更に分かりやすくむっとした顔で返事をすると、しかしむしろこの頃スポーツ刈りを無理にオールバックにしはじめようとしている不思議な彼はカラッと笑ってこう続けるの。

「ははっ。そーいうとこだぜ? 以前なんてろくに口も聞いちゃくれなかったじゃねーか。さっきも涼宮がはじめて返事してくれたって、Eランク男子どもが影で喜んでたぞ?」
「……だからってあんた、このムスッ面を見てよくご機嫌と捉えられるものね」
「はん。そもそも以前の鬼みてーなのと比べりゃな。そもそも、表情あるだけ俺にとっちゃ分かりやすいぜ」
「ふーん……そういうものなのね」

私は素直に、頷く。
ここで、いっそ反発でもしておいた方がそれらしいのかもしれないと思うけれど、ちょっとそこまでするのは私には無理ね。正直なところ、不機嫌バリアを貼っている時点で申し訳なさメーター目一杯だわ。
しかし、どうにも気安いところのある谷口には振り回されがちね。
私が代わった初日に告白してきたのには、振るのも慣れてなかったから困ったけれど、ひょっとしたらその時甘い対応したからこそ脈アリとでも思われているのかしら。
これは、予防線を張っておかなきゃと、再び私はあの日と同じ文言を壊れたテープレコーダーみたいに繰り返すの。

「言っとくけど、谷口。私あんたのこと別に好きじゃないわよ」

何せ事実私が恋愛的に好きなのは、私が生じたあの日に出会った彼だけだから。
なんとなくジト目になる初恋を拗らせ中の私に、しかしお隣の席の谷口はボッチ飯をしたかった私のために机を対面にくっつけることで今日も一人にさせてくれない。
彼はお行儀悪く咥えた後の黒色の箸をタクトのように動かしながらこう返すの。

「だからって別に嫌じゃねーんだろ? なら別に今ん所いいって」
「……これからも、私があんたを好きになれなくても?」
「ん。……ま、涼宮はダチとしてもそこそこ上等だし、構わねえよ」

私はなんとなく好意に対して好意で返報できないことを申し訳なく感じていたのだけれど、でも谷口はなかなか美味しそうなハンバーグを四等分にしてから口に入れて、そう言ってくれたわ。
でも、あまりに人生経験薄弱なぽっと出の私は、物語の登場人物に友達と言われようともピンとこないのよね。
私としてはひどく唐突な友情認定に、思わず額から力を抜いて首を傾げてこう問ってしまったわ。

「えっと……私とあんたって、友達だったの?」
「んだよ、ちげえのか? そこまで涼宮が連れねーとは流石に俺も思ってなかったぞ?」
「私とあんたが、友達……」

また壊れたテープレコーダーのように繰り返す私はそんなの違う、と思う。
涼宮ハルヒの人生設計に、友達はほとんどない。それこそ、世界に対する酷い失望感を抱いていた中学時代は絶無な筈よ。

それを知っていて倣おうとしている私は、本来なら絶対にこの差し伸べられた手を取ってはならないはず。
本来ならそれをはたき落とすか、或いは抓ってあげるくらいしてもいいのかもしれないわね。
でも、続けて給食の牛乳を苦々しそうに飲み出した少年の声色が緊張の色を帯びていたことに気づいていた私は。

「ふふっ」

ああ、なんてこの男の子はキラキラしているのかしらと思った私は我慢できず微笑んでしまったの。
元想い人だからであっても、こんな風に他人に親しく優しく出来る人は【あたし】はどうだか知らないけれど【私】にとっては好ましい。
きっと抱きしめてあげることは無理だけど、でも私なんかを放ってくれない谷口と友達になれるならそれはきっと素敵だなとは思えた。

故に、ずっと《《壊れたテープレコーダー》》のように続けていた涼宮ハルヒの演技と明確な返答をその時忘れてしまった私。そんなだから。

「こーいうとこだよなあ……」

そっぽを向いた男子を染めゆく頬の色にも気づけずに、そのまま惰性のようだったけれども友情はずっと続いてくれたの。

 

「もう、七月かあ……」

さて、そんな風に孤独とは口が裂けても言えないような中学時代を隠れて楽しく過ごしていると、時ってとても早く進んでしまうものなのね。
前の【あたし】と今の【私】の趣味が奇跡的に合った部屋の物の数少ない一つとしてある、ふわふわ愛らしいファンシーキャラクター達が毎月出迎えてくれるカレンダー。
それを捲ってキャラクターが海に潜ってるイラスト――無装備で海底を歩いているけどこの子達は実は酸素とか要らない生物なのかしら?――に存分にほんわかしてから7と言う数字に私は身を固くする。

「恐らくは彼に、会えるのよね……」

そう、それは七月七日。七夕が迫っていることだから。
涼宮ハルヒの年表で特にひどく時系列が歪んでいるのが今年のこの日。
未来から本来の【私】の愛しの彼がやって来る。そのことがどうしてか【あたし】には不安。

キョン君ことジョン・スミス。いいえ、ジョン・スミス、ことキョン君の方が正しいのかしら。私も少し緊張に混乱しているわね。
取り敢えず名前も不詳な顔も見たこともない彼が未来からやって来る日が、七夕。
最近読み取りにくくなってきたこれからの予定を見るにどうもキョン君っていうのがヒーローみたいなんだけれど、果たして私はそんな彼を好きになれるのかしら。

「うう、心配ね……」

嫌いにならない自信はあるけれど、でも実のところ初恋で現在進行系に愛おしく思っている彼が今もこの街のどこかに居るの。
だから、本来ならば最終的にキ、キスすらあり得る仲になるかもしれないキョン君なのだけれど、でもそうなると私の初恋は何処に行けばいいのかしらというもので。
きっと私がただの私だったら、細かいこととか気にもせずに、世界平和に全力で力を使ってから初恋の人に告白して、その上でただの人として過ごすのだろうけれど。
でも、そんなの予定表にはまったくないから。

「……それでも。私は【涼宮ハルヒ】をやらないといけないわ」

目を瞑れば、膨大な指向性のない力が蠢いているのが分かる。そして、いくら探してもどこにも【あたし】なんか姿形もないことを。
やがて目を開ければ何だか少し辺りがどんより。世界は相変わらず光輝に満ちた朝方。しかし誰も何も変わっていないのに、私が代わっているから全てがちょっとおかしくて。

「ごめんなさい」

だから何もかもに、謝ってしまう。
私はこの日、生じてからはじめて少し憂鬱な気持ちになったの。

「どうかしたか?」
「……何よ。いの一番に、そんな」

どっかり板張り硬めの自席に座ってみれば、隣からやけに覇気の欠けた声がかかったわ。
横目で見てみれば、案の定。この頃は少年谷口の熟れてない下手くそオールバックも見慣れてきたわね。
とはいえ今日はどうにもその特徴的な髪型の下の特徴のないまあまあな顔立ちの方が明らかに優れてない。
それが心配になった私に、しかし彼の瞳に映る私も似たような表情で。

「どーも、つまんなそーな顔してっからさ」
「そう、なのかもね」

なるほど今の彼と鏡写しのようだったからこうして心配されてしまったのだと遅まきながら気づいたわ。
確かに、今はとてもつまらないの。何せ、つい先程に私という個性はあってはならないと理解したばかりだから。

「でも、頑張らないと」

しかし、私は心配する友達の前であえて強がるわ。
幸せは本物のあの子に献上すべきものであり、代替品の私は苦しかろうが絶対にルートを逸れてはいけないの。
それはそうよね。私以外の自然な全てが、私は大好きでたまらないものだから。

今日は梅雨の例外の日なのか外を見れば少し雲があるけれどいい天気。
日差しはさんさんと降り注いでいて、きっと皆にだって熱いくらいで私なんかにはとても眩しいの。
思わず目を瞑って籠もってしまいたくなるような心地を前に、しかし椅子をがたりと動かし隣で正対してきた谷口はこう言ってくれたわ。

「なんだか知らんが、嫌なら逃げちまってもいーんだぜ?」
「それは……」

意外な常識的な言葉につい口ごもる、私。
迷える私は、でも涼宮ハルヒからは逃げられない。その筈なの。

幸せには道筋があって、もしそこから外れてしまったら地獄が待っているのかもしれない。
なら、それをなぞるのが当然だと思うし、間違いないわ。もしそこに私がいない方が良いなら、きっと影すらない方が正しいのだろうとすら思う。
絶対に、私なんて本来誰にも認められるべきではない、そんなもの。

でも、きっと何も知らない彼はしかし何もかもを見通しているかのように【私】だけをじっと見つめてきてから。

「どーせ何しようがお前だけが、涼宮ハルヒなんだからよ」

それだけ言って、再び他所を向いたわ。私はぽかんと口を開けるばかり。

少し経って、私もようやく理解する。彼が、私という偽物をこそ認めてくれているのだということを。
それは違う。本当ならば愛されるべきは涼宮ハルヒばかりなの。私なんかずっと寂しい思いをしていればいいのに。

ああ、でもやっぱりこの世は眩しくて、涙が出そうで。

「……ありがとう」

胸いっぱいになってしまった私はその日、彼にそれだけを返したの。

 

ただ繰り返してばかりのレコーダーは壊れるのが定め。
ならば、今度こそ新しい音を。


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