さて、私はこの世界の大本が読まれるためにあるひとつなぎであることを識っています。
ならば、この二次派生的な世界、ひいては私も読まれていると考えるのが自然でしょう。
ただどこが最初の切れ目なのか無知な私には分からないので、今日も再びに自己紹介を重ねます。
私はこの「錆色の~」シリーズの二次創作のような世界にて、性別を反対に生まれ直されてしまった元原作読者です。
簡単に申しますと、物語へのTS転生のようなもの。
好きなお話の中に入れたというのは未だに嬉しく思いますが、性を別にされてしまったのは余計でしたね。
とはいえ、好きな相手の性別が定まらない以外には、あまり困っていないのが現状です。そう、既に性差による身体のあれこれにも慣れた年齢なのですよ、私は。
「もう、高校生ですものね……私も無闇に大きくなりました」
「んー? どったの姉ちゃん」
学生は朝に登校するものです。無論、それはなるべくは、という枕詞が付きますが。
そしてご多分に漏れず私は愛すべき妹と共に、楠川学園へと歩を進める途中でした。
小さめ身長でありながら大きいものを胸元に二つ保有するようになった歪なトランジスタグラマー、川島わらび。
相変わらずそんな重いものを持って辛くないかな、ちょっとむしって……いや代わってあげたいなと思う心を抑えながら、私は見上げる最愛にこう続けます。
「いえ。無能の私ですが、年をとったものだなと」
そう。私は物語のだいたい全てを憶えきっていた前世マニアさんでしたが、今はただの無能。
百メートルを走りきれなければ、ウサギに喧嘩で負ける程度の私です。
それが年を重ねるなんて良いのでしょうかと、思わなくもないのですね。
ただ整えるばかりで長く腰元まで真っ直ぐ伸びてしまった長髪を見て改めて、この世界で過ごした年月を感じました。
ですが、そんな私のちょっと後ろ向きな気持ちよりも年という言葉そのものを気にしたのでしょう。
元気に飛び跳ね大いにぼよんぼよんさせながら、わらびは私に抗議します。
「えー! 姉ちゃんわらびと一歳しか変わんないじゃん! それにじょしこーせーは花だって、|恵《けい》君も言ってたよ?」
「やれ、あの人も変わらず拗らせたヒトですね……わらび。しかし妹の貴女から見て、私は本当に花になど思えますか?」
「姉ちゃんは胸も尻もないけど黙ってりゃあたしと同じ美人さんだし、そーじゃない?」
「やれ。|貴女《ヒロイン候補》にそう言われてしまうと、自信がついてしまいますね……」
私の隣で弾ける笑顔に、美人というよりも愛らしさばかりが勝る小ぶりの顔。また、彼女に多分の成長痛を与えて苦しめやがった、このはち切れんばかりのバスト。
全てが全て読者に愛されるための選ばれし容貌です。ぶっちゃけ、二巻の表紙にも選ばれ活躍したわらびは、前世では作者の性癖の集まりと揶揄される程の要素たっぷりさんでした。
前から私はそういうあざとい子嫌いだったということもあり、教育にて本来付与されただろう露出趣味や異性に興味津々な部分は消せたのですが、すると残ったのは可愛い容姿と異常なまでの性徴ぶり。
まあ、彼女の言の通りにぺったんこさんですが、姉故に容姿はこの子に似ていると思うと嬉しくはあります。
表情筋とかカチコチですが、そういえばお客さん綺麗ですねと衣類を更新に行くたびに店員さんに言われてましたね。
なるほど、私は確かに花なのかもしれない。ですが、それでも異物でもあるのですね。
「……私は知っているのですよ。愛されるべきは私ではないことを」
「姉ちゃん、なんか言った?」
「いえ、わらびは相変わらずに可愛いな、と」
「ふふーん。姉ちゃんよく知ってるじゃーん。流石は『全知』だね!」
「ええ。私は何でも知っています」
さあ、そろそろ我が楠川学園――小中高一貫教育だったりします――が見える頃。
そんな人が混んできた今に私は恥ずかしげもなく言い張り、妹と比べると薄い胸を張ります。
きっと、私が何でも知っている等とほざいたことは多くの耳に入ったことでしょう。ですが、反駁の言葉も視線もどこにもありません。
全知なんてもの、神様にだって有り得ないのかもしれない誇大広告。
しかし私には実績数多。物語の知識から世界の未来を語り尽くして全てを知っていたとうそぶいた生き物は、全知なんていう自称すら半ば本当だと見られているのですね。
本当のところはこれから起こる天変地異どころか明日の天気をすら知らない鉄面皮の私を視線ばかりが通り過ぎます。
尊敬の色にオッドアイを輝かせながら、わらびは私にこう問いました。
「姉ちゃん、なんかちっちゃい頃からだいがくせーとかと闘論してたもんねー。未来も見えるんだっけ?」
「そうですね。ただそれも点ばかりで時系列が読みにくく、空の流れの予想などは特に難しいのですが」
「すげー!」
わらびの目は大きく開かれてもうぴかぴかしていますが、未来が見えるなんて嘘です。ですが、知識以外に何も得意がない私は何でも知っているとしておきたいのですね。
最初は、妹に対するそんな背伸びの気持ちから始まった全知。
ですが、今やそれは多くに知られすぎて実のところ大変なことになっています。
「吉見、わらび! おはよう!」
「あら、宗二君。おはようございます」
「あ、センパイ、おはよー!」
ほら、そんな私の嘘でしかない全知を信じ切っている一人、元の物語の主人公さんがやって来ましたよ。
海山宗二。あらゆるお話の主が格好いい必要などありませんが、しかしこいつは中々の格好良さを保有しています。
おかげさまでモテモテのご様子。色々と知っている私にはそこのところ羨ましくはありませんが、正直あまり愛するわらびを近寄せたくはないですね。
何せ、ラッキースケベっていうのは主人公さんの特権ですし。そして妹のバカでかおっぱいが路上で曝されるようなことがあれば、私はこいつをなんとしてでも殺害せねばなりません。
故に何時ものように私はわらびと宗二君の間に入ります。私の接近にどうしてか気を良くする彼は、朗らかにも笑んでから私に話しだしました。
「いや、吉見たちは何時も朝早いよな……これまでふたりとも無遅刻無欠席ってマジか?」
「うん!」
「それは、私がわらびを起こしてから一緒に登校しているのですから無遅刻にもなりますよ。無欠席なのは、偶然ですが」
「ははっ、全知の吉見が偶然とか言うと怪しく思えるな!」
「あやしー」
煌めく白い歯に、同調する我が妹。原作とは少し異なりますが、二人は仲良しです。
ですが、私が性癖を変えた妹と同じく、宗二君の性格も元来のものとは大違いなのでした。
本来はこいつ、影のあるイケメンとなるはずだったのですが……まあ、誰かの不幸なんて知ってたら邪魔したくなりますよね。
ましてや、好きだったお話の主人公の悲劇。無能ながらも、なんとか回避させてやりましたよ。
知らないとはいえそんな私なんて恩人でしかないでしょうに、このイケメンは。私はやれやれとしながら登校に全力全開な脚に更に力を入れるのでした。
「やれ、こんな無能を捕まえて怪しいだの、全く未来の救世主さんは困りますね……」
「きゅーせいしゅは困るなー!」
「はぁ……吉見がどうして俺程度の能力持ちを救世主とか呼ぶかは……全知のせいなのだろうけどさ。でも実績のない今呼ばれるのはホント、困るんだよなあ」
周りの目ってもんが俺にもあるんだぞ、と続ける宗二君ですが、確かに彼に対する陰口に救世主というものが私のせいで追加されていることを認めるのは難しいのかもしれません。
実際ヒーロー側というのも中々大変です。宗二君はピーキーな能力の上未だにその使い方も判っていないという、とってもそれらしい主人公さんぶりですからね。
対面したことはありませんが【イザナミ】の先輩でバディでもある道上大地さんとかは厳しい人と知っていますから、本当に期待されるのは身の丈に合わないとか考えてるんじゃないでしょうか。
ですが、下手をしたら日々僅かに膨張し続ける妹を預ける可能性のある唯一の男子を今更信じないとかありえません。
そして、それに私はこのお話の終わりをきっとこの世の神様よりも知っている。
「そうですか……ですが、貴方が世界を救う未来は変わりませんよ?」
だから、ただ平等に青いばかりの空の元、落ちこぼれのヒーローに向けてそう断言出来るのでした。
私は前世の私と繋がることで、そっちに引っ張られて実体との繋がりを随分と悪くしています。
つまり私には走るための力も出ず、戦うための命すら乏しく、好きを抱きしめるための強さすらない。
そんな随分とぼやっとした無能の私です。多くを知っていなければ、きっと絶望をしていたかもしれません。
ですが、私は知識にて多くを動かすことが出来、そしてそれだけでなく無能であっても無力ではないことを理解していました。
故に、悪が悪となりきる前に何とか出来ないかと足掻いたこともあり、そして無理に打ちひしがれたことだってあります。
どうしようもないことだってあり、悪だって物語に必要な要素なのであれば、除けなくて当然。
全知のふりした私が彼らを救えなかったのは、そういうことなのだと思いたいのです。
「ですが、一度関わったからには……こうなるのも仕方ないですよね」
「ん? どうかした、吉見お姉さん?」
「何てことないさ。きっと僕への愛を囁いたに違いない」
「はは。玉座にて独り言つとは、君もそれらしくなってきたな」
「ヨシミンもワタシと同じ、わるいヒト、でス?」
「はいはい。皆騒いではいけませんよ。ここがどこだと思っています?」
無駄に豪奢な椅子に座る私を円卓にて囲んでいるのは、魔法少女にマッチョにイケメンに、ツギハギ外国女子。
一望して改めて滅多にないくらいの変わり者たちと思いますが、言葉に私が手のひらで静止のサインを加えるだけで、騒々しさは止まります。
真、私を慕ってくれているようでありがたいことこの上ありませんね。
ですが、ちょっとこの人たちは悪どすぎる。当たり前のように、本質を介さない言葉をリレーのように繋げていきます。
「んー。悪の組織のアジト!」
「正確には悪を目指す組織【テュポエウス】の隠れ家の一つ、だな」
「更に言うならば、オレの持ち家の一つでもある」
「ヨシトはお金持ちでス!」
「そうそう。つまり、隣家もある他人の家ですね。あまり騒ぐのは利口ではありませんよ?」
全知無能ぶる私は、そっとそうそうたるメンツを眺めます。
魔法少女、埼東ゆき。永遠、富士見恵。最悪、|上水善人《うわみずよしと》。愛の怪物、アリス・ブーン。
彼ら全てが巻単位で暴れまわる筈だった悪役たち。それらを束ねて眼の前に座らせ、私は果たして何をしたいのでしょうかね。
取り敢えずは、これから話すことを考えると静かにして欲しいとは思うのですが。
「えー……魔法で周りに聞こえなくしても、騒いじゃだめ?」
「便利よりも、不便に慣れておくのが備えというものです」
「よくワカラナイでス!」
「何、簡単に言うなら吉見は僕を愛してるって言ったんだ……ぐ!」
「はぁ……嘘をつくな……富士見。オレも家で騒がれるのは面倒だから賛成だ」
「ちぇー。吉見も善人も悪の人にしては真面目さん!」
「悪こそ最も真面目な存在ですよ。そして、そういうものは、静かに語られるべきなのです」
「……そう、かもな」
「やれ、吉見には敵わないな」
「? よくワカラナイでスが、ワタシも静かにしまスネ……」
さて、私は前から馬鹿ではありません。そして、今の生から言葉で人を煙に巻くことが得意になりました。
全知というレッテルもあり、明らかに奇妙な文言でも含蓄あるものと捉えてもらえるのは楽ですね。
ちょっとウキウキすらしながら、座り心地よりもトゲトゲした細工が凝られた椅子に深く座し、こう促します。
「さて、天を彩る力を持つテュポエウスの四天の王たちよ。今日も私にその悪行を懺悔するのです」
「はい!」
途端、揃った声に集まる視線。そして、次々に悪役たちは口走ります。
彼らの救いはもう叶わなければ、ならば預けて貰えるのは心でなければ悪ばかり。
誰をやっつけた、誰を殺した、誰を不幸にした、そんな吐き気を催す事実に、私はでも慣れてしまいました。
どの世だって迫真であればこそ、綺麗事ばかりにはならないのですから。
そんなことは本当は全知でもない私だって理解出来ることでした。
「……こうして貴方達の言葉にて改めて、私は知り直しました」
そして、涙すらもう出ない私は今日も、彼らの悪を耳にして、最後に肯定します。
「私は知っています、認めています。だから、貴方達は……これからもあっていい」
ああ、これでは慰めのティシュ程度にすらなり切れているのか私にはわかりません。
悪を心によって止めることさえ出来ない。そう、私は無能。
だから悪の頂点、彼らをこうして撫でさするための手にしかなれない。
「神でもない全知無能であるからこそ何時だって、私は貴方達の慰めであり続けましょう」
たとえ何もかもを知っていたとしても、今はもう私にはそれくらいしか出来ないのでした。
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