第二十五話 玲奈さんはえっちです

吉見さん 小説世界で全知無能を演じていたら、悪の組織のトップになってた

なんだか世界最大の一族や世界最悪の人間や世界最上段の子や空の魔法少女に無貌の不滅なんて雑多な属性の大袈裟なものばかりプレパラートに乗っけているのが、ここ楠川市です。
残念ながら《《どこにでも居る女の子》》が不在で幸いなことに《《鬼の手》》もないこの世界線ですが代わりに私、つまり全知無能なんて突飛な存在も居ますし、賑やかしには事欠かない現状ですね。
また上記全部人類の敵対者足り得てしまうのがちょっと絶望的ではありますが、しかしそんなの達をもやっつけるからこそのカタルシスでしょう。
原作でもめちゃ話数かかってましたが、宗二君はやればできる子ですので大丈夫でしょう。きっと彼なら救世主してくれると信じつつ、私は私で今日も悪の組織のトップとかやっていますから。

「むしろ私も、負けてはいられませんね……」

ちなみに宗二君の物語と比べれば矮小極まりない下剋上ですが、私も何時か飼いウサギモドキのミリーちゃんから一本取りたいとは思っています。
普段いちごプリンやレアチーズプリンや牛乳プリンなどを奪われている恨みがあるので、きっとそうなればとてもすっきりするでしょう。

しかし、あの子は意外と隙がありませんね。
時にいたずらと醤油とソースの瓶をラベル入れ替えて眼の前に置いてしめしめとしていたら、何を察したのかそれ両方を私のトンカツにジャーとかけてきた上でミリーちゃんは渋めに塩とわさびで自分のものをいただきました。
次は運ゲーで勝負とじゃんけんぽんをしたのですが、異様にあいこが続いてしまい私が先に参って目を回す結果に。
どうやら動物さん達の良いところががっちゃんこしているあの子の動体視力は異次元で、私はただ弄ばれただけのようでした。

暴力や運動などの性能では勝てそうにない。ならば私は噺にて一本取ろうと思い「まんじゅうこわい」のお話をしてみました。
しかし、お話の途中でまんじゅうが怖いのだと流れで言ったところで、そっとミリーちゃんのお手々が私の手の上に載せられます。
そして、大丈夫だわたしが居るよ、といったキラキラの視線で見つめられましたので、私もミリーちゃんを抱きしめて愛を伝えるに迷いはありませんでした。

「ミリーちゃんと私は、ズッ友ですよね!」
「ぴょん!」

何だかんだありますが、そういう結論に至る私です。
まあ、最近ウサギ仮面メイドさんなんてものをやっている私ですから、ミリーちゃんとはきっと仲良し同枠なのでしょう。

恐らくは、ゆるキャラ的癒やし枠ですね。
ネタキャラ枠が馴れ合ってる、なんて我が妹は抱き合い落涙する私達を指して言いましたがそれは違うと思います。
私達は真面目に、プリンの占有権に関して取り組んでいるだけなのですから。

そして互いにうんうんと謎の納得を共有していたところ、おずおずと声がかかります。
白磁の一枚を纏う細い指先が私の眼の前に上がりました。私とミリーちゃんは首を傾げます。

「あの……」
「おや。玲奈さん、どうしました? ミリーちゃんと私のお顔に何か付いてます?」
「ぴょん?」
「えっと。その子のお顔にはアンテナが付属品なら多分何もついてないけど、川島さんの顔には【姉ちゃんのバカ】ってペンで書いてある……」
「おや。きっとシエスタの合間にわらびがおちゃめしたのでしょうね……理由は昨日ぷにぷに退治のために約束破ったためですね。やれ、これでも私は全知なのですが……こんなのごしごしですね」
「わっ! 水性ペンでだとは思うけど手で広げたらお顔が黒く……」
「ぴょん……」
「あれ。やっちゃった感じですかね、私」

今日もお家に遊びに来ていた玲奈さんの視線をもとに私は顔面の左部分を手の甲でごしごししたのですが、すると彼女と飼いうさぎのような子がうわあという表情をしました。
何となく、前世の勢いというか阿呆な感じの汚れなんてへっちゃらだぜ的なノリになってしまったのですが、よく考えたら全くダメでしたね。
きっとほっぺが半分黒ぐろとなっちゃっている私です。愛しい妹の仕業だから許せるとは言えそれは見目よくないよなあ、と思う私は洗顔のために立とうとします。

「よっと」
「待って、川島さん」
「玲奈さん?」

しかし、どうしてかそこにストップがかかりました。
中腰の変な状態で止まる私。この状態で待ては難しいなと膝をプルプルさせながらワンちゃん達は長時間体勢キープ出来て偉いのだとも学んでいたその時。
私と違いちょっとほっぺを赤くした玲奈さんが私に寄ってきて。

「ぺろん」
「わきゃっ!」
「ぴょんっ」

なんと、ぺろりんとされてまいました。
それは、私の左頬。水性ペンで汚れているはずの方ですし、他人の皮膚なんて普通はばっちいと感じられるものでしょう。
しかし、多少の逡巡はあったようですが彼女は間違いなくぺろんとして、なんと今はぺろぺろとし始めました。
これには私だけでなく、ミリーちゃんもびっくり。
それからぽかんとした私のほっぺの上を温いものがぬるぬる動いていきます。
こんな状態で待てを続けるのは拷問みたいですが、それが唇の近くに来たなと気付いた頃合いに。

「ぷは……うん。綺麗になったよ」

涎のてらてらした橋をぺろん。
あっけにとられ続けた私を他所に、玲奈さんは頬を赤くしながら袖で口を隠す仕草をしながら私から離れていきます。
そして私にダッコちゃんして怖じるミリーちゃんと一緒に何を問うべきか悩む私に彼女は。

「私も、川島さんとズッ友……」
「そ、そうですか……」

そういえばこの子、原作だと《《最高速度を出せること》》以外にすげえボディタッチしてくる甘えたちゃんだったことを今更に思い出す私なのでした。
また本からしか知識を得ていない彼女の行動は所々抜けがあったという設定も想起した私は、まだ照れてれしてる玲奈さんに問います。

「ちなみに、今の行動はどういう知識からのものですか?」
「えと。犬の親子とか、動物って舐めるのも愛情って知ってたから……」
「なるほど……しかしそれはあまり知らないヒトにやってはいけませんよ? なによりばっちいですし」

私は、彼女の言に納得は覚えました。
ほっぺ未だになんだか湿っているようで気になりますが、まあそれもこのでっかい子供さんの知識が歪んでいたがだけのこと。
むしろ突飛が一重に愛から来ているならば是正を促すだけでよく、またやっぱり学校とかで正統な知識を得てもらうのも良いのではないかと私は考えます。

「むぅ」

しかし、私の注意に何を思ったのか彼女は可愛らしく桃色のくちばしを作っていじけ出しました。
そして指をツンツンしながら、これまできっと機会がないため一生嘘を吐くことすらなかった玲奈さんは正直にもこう告げるのです。

「それは、私だって知らないヒトにこんなことはしない。それに……川島さんは汚くなんてないし……」

これにまず、他人に気軽にぺろぺろすることはなさそうで良かったと思いました。残念ながら、お手々ペロペロワンちゃんごっこはプレイとすらされてしまうようなこの世の中ですから。
ですが、私が汚くないなんて。精神的にもペン汚れも含めそんなことないのですがと素直に返そうとする私。
しかし、その前に彼女は両頬に手を当ててとろんとした瞳をしてから。

「むしろ、ちょっと美味しかった」

そんなことを言ってしまうのです。
ヒロインさんの流石のあざとさに、これには私も桃色の感を覚えざるを得ず。

「玲奈さんはえっちですね……」
「ぴょんー……」
「ええっ!?」

そういうの苦手な私は、実は同じらしいミリーちゃんと一緒にドン引きしてしまうのでした。

 

さて。そんなこんなに意外とぺろりんな子だと判明した玲奈さんは、どうやら学校帰りの私に合わせて来訪してくれていたようです。
彼女がやって来た理由は、明白。それはちょっと前から現れるようになって、私達がやっつけるまで無限湧きするあのぷにぷに生物。
その対処に関することでした。私は、設定から導き出した結論を早々に述べます。

「さて。私が思うにあのぷにぷにした敵、仮称【ぷにーず】達は恐らく玲奈さんの変身に対応して現れたのでしょう」
「そうかな?」
「ぴょん」
「私も正確な根拠はないのですが……実際、外装の試運転がてら街に繰り出した私達を優先的に襲ってきたのです。そもそも現れたのが玲奈さんの変身直後。可能性はあるでしょう」
「……あの子達、また来るかな?」
「ええ……恐らく期間は一週間程。最後は合体したデカいぷにーずが誕生し、それを仕留めることになるでしょう」
「やたら具体的だね?」
「ぴょんー」

情報、予想の出どころを疑う一人と一匹に、私は沈黙で返さざるを得ませんでした。
しかし、実際ぷにーずは「錆色の~」シリーズがソーシャルゲーム化――残念なことに二周年でサービス終了しました――した際に玲奈さん主役のイベントストーリーで急に設定ごと湧いて出た存在。
原作では別に仮面メイドではなく、実際はゆきちゃんにお遊びで変身させられてしまった玲奈さんにうお、眩しいとなったため目の敵としたぷにーずは一週間程度、戦いを挑むのでした。
そして、私の言の通りに最終的にはぷにーず(王)が出てきて、それをやっつけてイベントストーリーは終了。
終了付近だったためか迷走してる感じだったとはいえ、配布ジェムが美味しい良イベントだったので、私もよく覚えていました。

まあ、基本雑魚というか初心者でもクリアできるイベントでしたし実際外装付きなら私でもなんとかなるようだったのが、ぷにーず。
最悪四天王に頼み込めばこの茶番じみたイベントも直ぐ終わるだろうと思いながら、玲奈さんの前で私はない胸を張ります。

「なに。私は全知です。皆様方の知らぬことを語ろうと何不思議もないでしょう」
「そっかなあ……」
「ぴょん」

しかし、玲奈さんは私の全知を中々信じてくれません。
いや、まあ確かにこれまで設定にあった災害などをガンガン言い当てて時の人になったこともある私ですが、随分と前の本からしか知識を得ていない玲奈さんはそんなことを知る由もなく。
故にこそ、このただのひ弱な女の子を慮る視線が向いてくるのでしょうが、ちょっとこそばゆいですね。
ですが、私が余計なことまで知っちゃってるのは事実。どう言い含めてひとまずぷにーずは大丈夫だと理解してもらおうか悩むのですが。

「あのね。人の脳みそには容量があるの」
「ええ。そうでしょうね」
「ギガかテラなのか私には分からないけれど……きっと、それで全てには足りないよ」
「……私が物質的でないとは思えませんか?」
「それは違うよ……川島さんは確かにここに、私の隣に居てくれて……」
「あ」

しかし、明らかに理解の早すぎる彼女は、私を接触から人だと解してそこから全知はハリボテだと気付いているようでどうにも悲しげで。
そんな玲奈さんは、整った頬を私の顔の隣において、つまるところ抱きついてきてから、こう断じます。

「だからカミサマなんかじゃない、私の友達」

そう。彼女はとても哀しそうにこちらをぎゅっとしたのですね。
彼女は温かくて、でも私は果たしてどうなのか分かりません。ひょっとしたら冷たいかもしれず、ならば不快感を覚えさせないよう直ぐに離れないとと思ったのですが。

「そう、ですね……」
「ん……」

それでも、ただの人だと優しくしてくれるのが、私はありがたかったりして私も抱きしめ返してしまい。
故に、その抱擁はしばらく続くのでした。

 

「ただいま、姉ちゃ……うわなんか、えっちだ……」
「ぴょん(えっち)!」

家族はそう言いますが、そんな私達は、だからえっちではないのです。


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