魔法とは、過程を乗り越えて道理を欺瞞することで望ましき結果ばかりを得る、願いだ。
全ては意思を超えた己に対する祈祷によって顕現する。オレから端を発した力は何時しか魔法と名付けられ、遍く全ての教えに対する反逆だと、宗教を含む様々な学者達から大いに批判されたものだった。
「早々の保護がなけりゃ、オレ勘違い外国人たちに命狙われてマズかったよなあ……」
窓を割って入ろうとする多色の手の数々を思い出して、オレもついぶるりと恐怖に震える。
本当に、今も世話になっている上水会の手引による鎮圧と隔離を経て、安堵することが出来た今は幸運としか言いようがない。
「オレの魔法なんて、てんで使い物になんないんだけどなー」
自嘲は、音にならず形も損なったまま静けさに消える。
そう、オレは自分本位過ぎて魔法を足すのも掛けるのも、手のひらに繋がる域を越えることすらろくろく出来ない落ちこぼれ。
幾ら強度が高かろうとも、自由度に欠けていればそれは羽として不適格。
異能力者の中では、不足が過ぎていて物足りないというのが、自らの魔法に対する素直な所感だった。
そんなものは神域どころか悪夢にだって届くまい。世界の敵とまで叫ばれた過去は、オレにとってどうも得心いくものではなかった。
「やれ……そんな使い物にならない魔法でやられちまったアンは、だったら何なんだろうね」
「ん……そりゃ、将来有望な魔法少女じゃないか? オレはドラゴンと並走なんて、とても出来ないぞ」
「なら、アンだってドラゴンをかき消す程の魔法効果を挙げることなんてムリムリのムリよ」
入口を背に静がその名の通り黙して控える中、アン・カプランと名乗った少女が愉快に頭を左右に振る。
マーガレットに連絡の上、現在進行系で上水会に用意して貰っている護送車にてユートピアへと送り返す前に、オレはアンとくっちゃべっていた。
ドラゴンなんて大げさな代物を用いて襲ってきた割には存外彼女はフランクな様子で、お腹涼しそうな軽めの格好を遊ばせつつ、応答してくれる。
なんだか自力をナメてる様子の彼女に、オレは逆に自信たっぷりこう返した。
「なあに。あれくらいならそのうち皆出来るようになるさ」
「やれ……天才の視座って、自力すら見逃すくらいに高次なものなのね……」
「あれ、何かアン言ったか?」
「いいえ……魔法で理想化したアンタの体は聞きたくないことを聞き取らないっていうのもマジマジなのね……何でもないわ」
「そっか。何でもないならそれでいい」
どうも、オレには他人のボソボソ声は聞き取りにくい。
定期的な身体検査の結果が語るには健康体らしいが、ならつまりオレの集中力がないってことだろうか。
まあ、でも今回も問題ないことだけをヒアリング出来なかったようなので、大丈夫だろう。
だが眼前でよし、とするオレにアンの白い視線が飛ぶ。
やがて虹色のリップなんて傾いた代物をたっぷりつけた唇をまっすぐにしてから、彼女はこう言った。
「あんた、やっぱり怒ってないのね……正直、怖いよ」
「そうか? オレは年下のやんちゃにキレるなんて面倒だからって仕方ないなってしてるだけだが」
「やれ……あんた、ドラゴンの威力を知って言ってる?」
「えっと……確か、一頭でこの区ぐらいは燃せたり凍らせたり出来るんじゃないか? 昨日のもまあまあよく出来てた」
「そ。アンたちの怒りの程度を理解ってて、あんたはやんちゃってしちゃってるんだ……」
「アン?」
オレが昨日の下手に逸らしちゃってたらどうなったんだろうと何となく考えていると、アンはまたぶつぶつ言ってから暗くなる。
人の気持ちなんてよく分からないし、分からなくったってどうにでもなるとは考えていても、気落ちしている他人を放っておけるような性質でもない。
だからオレは首を傾げて尋ねるのだが、顔を上げたアンの瞳はどうにも怯えを湛えていて、こんなことを続けるのである。
「アンは、それ以外の魔法少女たちは皆こんなの感染させたあんたを恨んでる……ま、マーガレットに色々教えて貰って上水会が一番悪いってのは知ってるけどさ、それでも二番目に悪いのは、あんただ」
「そう、なるんだろうな……」
調査の上として魔法少女を稀有な伝染する体質として喧伝したのは、確かにオレを保護という名目で研究してくれていた筈の上水会だ。
そのために幾人もの魔法少女になってしまった子たちがレッテル貼りによって不幸になってしまったことは識っているので、たっぷり尾ひれをつけて広めた上水愛とかいう見知らぬババアのことはオレも好きじゃない。
だが、オレが何より嫌いで悪いと思っているのは、オレ自身。
最古で発生原因であるオレがそのために面倒をかけたアンたち魔法少女に嫌われるのは仕方ないし、本来ならば自分で自分にピリオドを付けてしまった方が色々楽だったろう。
とはいえ、オレは本来の【埼東ゆき】の座を奪ってしまった存在。そして、奪ってしまったからには、その位置を全うすべきと考えるのはオレの自然だった。
アンから向けられた強い視線がいくら苦しかろうと、誰が辞めようか。本来の彼女はきっと、自らを想うことすら出来なかったのだから。
オレは、故にこそこう発する。
「だからこそ、オレはここにいる。ここにいて、《《魔法少女ワクチン》》が出来るまで、何もかもを提供してるんだ」
「やれやれ……あんたホントに、上水会の連中がそんなの作ってくれると思ってる?」
「別に心から信じてはいないさ。ただ、打診があったTUKINOグループとかブーンコーポレーションとか金だけしかないし、技術的に可能性があるのはここくらいだ」
「アンたちはTUKINOに助けられてるから何とも言えないけどさ……そんなに上水会ってのはヤバいの?」
「んー……そうだな。上水会って製薬とか強いだろ?」
「まあ、メディカルやケミカルなコーポレーションのイメージはあるわ」
顎に親指を当てる変わったポーズを持って一考する、アン。
さり気なく伺っているのは諜報員としては素晴らしいが、でもいかにも続きを気にしていますという体は減点ものかもしれない。
まあ、しかしそんな愛らしさはオレにとっては花丸で、だからちょっとにこりとしからオレは残酷な本当のことを告げる。
「そう、きっと。上水会は人体実験の数なら、多分どこも追随できないぞ? ……万人の死って隠し通せるものなんだって、オレも呆れたもんだ」
「なっ!」
嫌悪も過ぎて改善するにはもうどうしようもない付ける薬なんてない製薬企業に対してオレが出来たのは、ため息を吐くことばかり。
上手く行ってくれたらオレは何時か義務として上水会を壊しにかかるだろう。だがそれは順序として後だった。
今は大人しくまな板の鯉として身体を差し出し、犠牲の一人として大人しく務めるだけ。
まあ、間違って人を殺した経験があるものしかオレの体をイジる権限を付与されていないから不慣れによるミスは考えにくいのだが、その分効率的で容赦がない。
会話もなく、オレに痛みによる反射がほぼないと知ってから無駄と麻酔もなくなった、時に行われる開腹と一部の採取は、驚くほど短時間に行われるようになった。
痛い痛いと死人の苦しさを知る。縫合も無為であれば後に一人魔法をかけて傷口だった部分の痒みとも戦う。
それは自罰と考えればこの上ないことではあるが、しかし普通ではないのだろうなとオレは何となく人ごとのように考えた。
まあそれをどうしてだか察してしまったのか、アンは酷いものを視てしまったかのようにしてオッドアイを擦ってから叫ぶ。
「あんた、何でそんなとこから逃げないのさ! いくら悪くたって痛いのは嫌だろ?」
「まあ、痛いのは辛いが、でも数多の犠牲者を知って、誰かのためになるかもしれないのにその列からズレるってのも違うと思うし……」
辛いから、嫌だ。そんなのオレ以外の皆に許された自由。
多くを不幸にして、社会に分断を生んだオレには泣き言だって本当は認めてもらうべきではないのだ。
それに、もしオレの一片からでも誰かのためになるものが発生してくれたなら、嬉しい。
マーガレットも幸せに幸せを、って素敵なことを前に言っていたし、他の幸せを願うことで幸せな気持ちになれることって素晴らしいよな、って思う。
もっとも、オレにはそれしかないのが難だが。
「マジ、か」
その呟きは彼女の独り言だろうから別に答えない。
でもなんだかアンの百面相に、彼女は上手にもオレの《《心を覗いている》》のだろうことに鈍いオレもようやく気づいてきたが、まあ特に視られて困りはしないしと己が知りすぎていないことに感謝。
どんどん力失った瞳を向け、まるで助けを求めるかのようにアンはこう言う。
「……狂ってんの?」
「それは分からないがまあ、間違ってはいるのかもしれないな」
「ったく……どーしてアンたちの女王様はこんなのにご執心なのか……」
「ん? 何か言ったか?」
「っ! あんたは好きってのも聞きたくないのかよ……やれ……何でもないさ、それならこっちの勝手だ」
「そうか」
相変わらず、よく分からない。だが、この世は曖昧にしておいた方がよいことも沢山あるとだけはオレは識っていた。
無知ゆえに、永らえるなんて当たり前。未だ神を知らないことを嬉しくすら思いながら、オレは。
「よく分からないが、アン。オレは大丈夫だよ。オレは仇であるかもしれないが、決してマーガレットたちの敵になりはしない。それに何よりオレは――――どんなに傷ついても大丈夫だから」
「そう、なんだね。あんたはそう、信じているんだ……」
愕然としながら彼女が本心を見つめてくれたことを楽だなあとだけ考えて、時計をちらり。
気づけばそろそろ護送車の到着予定時刻に近づいていて、ならばこの純粋な子との楽しいお話もこれでおしまいなのだなと、少し残念にも思うのだった。
そして、その後アンが選んだ無言の時間に迎合しながらゆっくり残り時間を潰していく。
上水会の茶々か一帯通信制限がかかっているらしくゲームも出来ないと零す彼女を他所にオレは明日の魔法実験について考えて過ごしていた。メイドもお茶を片付けて去った頃合いに。
「わ」
「きゃ」
何とも唐突な天井の崩落の憂き目にあったオレ達。
新手の魔法少女の攻撃かと思い、急いで手のひらに魔法を掛けて扇ぐことで埃を退かしてオレが下手人を見つめてみると。
「……えっと?」
【がう】
しかし中心では人でも、獣でもなさそうな、よく分からないモノがオレに目らしきものと害意を向けていた。
きっとこの存在の冒涜的な見目は、魔的な全身に漲る輝きは自然発生的なものではなさそうではあるけれども、しかし。
なんだろう、これ?
「えいっ!」
よく分からないが、しかし明らかに竦んでいるアンのためにもオレはソレに立ち向かうのだった。
疾走るオレの動きに合わせてぐるりとする眼球。瓦礫の頂上にて《《魔物》》的な奴はつまらなそうにやけに下にある発声部位を開いて。
【がう】
「あ」
そして、一言にて大きく《《差っ引かれて》》しまったオレは、それ以上立ち向かえも立ち上がることすら出来ずに、沈む。
スプラッタな状況に、しかし悲鳴が上がらないことをアンと静の逃走の証と信じるオレは。
【ぐる?】
「……やばいな」
早々に身体を魔法で足してそれに魔法を掛けながらそう結論づける。
オレは血の海で粘りにもがきながらも、ゆっくりと寄ってくる魔物に力の差と絶望に近いものを覚えるのだった。
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