第六話 乗算

救えない魔法少女

新島の誕生。
それは初期の報道では日本近海にて海底火山の活発化、地盤の隆起等の複数の発生要因が奇跡的に重なったことで出来た火山島とされていた。
名前の用意もなくひと月の短期で海上に突出したその地は、しばらく紅く燃え続けて範囲を広げた後に黒く治まり静かになる。
しかし、《《住民に打ち落とされた》》撮影用ドローンの配信映像からその正体は騒然と共に広がり、今も注目の的だ。

「おお……ひらめは今日も可愛いなあ。ありがとう父さん、と」

だが、きっと今も玄武岩で出来た土地の上に地を耕してバラック染みた子供の積み木小屋に住まって建国を旗で示して権利を叫んでいるのかもしれない彼女らを忘れ、オレはわんこ映像に釘付け。
最寄りの基地局から届く電波に頼るばかりで、保護のためとして秘されたため散歩先の場所も知らない我が愛犬。
幼獣のみぎりの手の平に収まる頃に触れたばかりの彼が、今や毬のような身体をぴょんぴょん、親愛なる父母の間で跳ね回っている。
小さなお手々でオレの代わりに可愛らしい子をやってくれている名犬ひらめに、口元は勝手に持ち上がる。

「皆元気そうで、良かった」

続いて父さんの下手な隠し撮りをきっと黙認してくれているのだろう、優しい母の背中を認めてオレは頷いた。
あの人には、何もかもを否定された憶えがある。だが別に、嫌われていようともオレに産みの母を嫌う理由なんて欠片もない。
ましてやそれがあの人の痛みの結果の悲鳴代わりであれば、紛い物だろうとも娘として受け止めなければならないのだろう。

と、そんな風に考えはしたが、結局そんな全てが何一つこの心には関係ないのかもしれない。
だって、単にオレはただ母が好きなのだ。そっぽを向かれて永遠に触れ得なくても、あんな素敵な人を酸っぱい葡萄だと思うのは無理に決まってる。

「気をつけてなー」

むしろ食い入るように見つめる静止していた動画をスクロールして、更に返事を口にしながら送信したオレ。
そうして何となくしばらく続けて携帯端末を抱いていると、画面の黒によって値段高めのキッズ向けオフィスチェアに浅く座している己に気付く。

「ふぅ」

ならば、正さなければとオレは背筋を伸ばしてから、溜息一つ。
なんと、どうしてだか先までオレは半ば息を止めながら離ればなれの家族を鑑賞していたようだった。

「ん?」

自分のことながらよく分からないところで緊張しているな、と乾いた薄い唇をひと舐めしていると、今度はドアがばたん。
ノックも無しにこんな慌ただしいのは久しぶりだなと、椅子を回転させてそっちを見る。
すると、当たり前のことながらそこに居たのは無駄に広い屋敷に住まう俺以外のただ一人である、メイドの静。
彼女はさして慌てた様子もなく、すたすた大股に歩んできてからこうオレに告げるのだった。

「お嬢様、緊急事態です」
「えっと……それはどういったことが急ぎなのかな?」
「一報が来ました。先ほどかの自称魔法国、ユートピアからこちらに向けて《《ドラゴン》》が発射されたようです」
「えー……またかあ。今回もオレが何とか対処しないとなあ」

一切合切発端が自分のせいとはいえ至極面倒だと思い、だがオレは溜息を呑み込む。
ユートピア。それにドラゴン。理想郷に伝説の幻獣。そんな耳慣れない言葉を口にするのも、もう何度目か。

ユートピアとは、先にそれとなく思い出していた新島を事実上占拠している魔法少女達が付けた名前であり、国家の名称でもあった。
本の中にしかない筈だった旧い名前を自分たちで捏ね上げた地に付けている彼女たちの気持ちは、オレにはとても分からない。
まあ、それも相手にとっては一緒なのだろう。しばしば示威として《《合わせ魔法》》を用いた攻撃を故国のオレの家に落としてくるのだからたまらない。

それは可視化するほどの魔素の《《足し》》算。
最初に監視衛星【アマテラス】を撃墜した摂理に背く魔なる攻撃として、それは都度空に長大な線状の軌跡をかけることからも【DRAGON】と一般的には名付けられている。
今回は赤かな、青かなと経験上対応は容易であるとは想像しながら、よいしょと立ち上がる。
そっと隣に着いた静は、黒々とした長髪を所作ひとつで梳かせながら更にこう続けた。

「ちなみに、今回はドラゴンに魔法少女が一人載っているようです」
「はぁ? プラスでもマイナスでもどっちでも、ドラゴンって酷い温度してるから、それにしがみついてるのなんてキツいだろうに……そんなにオレが嫌なのかなあ」

なるほどユートピアの魔法少女達はやっと、火炎や氷塊だけではオレを潰せないことを学習したのだろう。魔法による遠隔攻撃を移動手段として更に魔法少女を載せてくるとは。
流石に、オレも必死に近いほどの悪意を感じるこの作戦にはベロを出さずにはいられなかった。
無表情のままではいられないオレに、気遣わしげな顔をする静。口を開いたと思えば彼女は珍しく、こんな威勢の良いことを言うのだった。

「……面倒ですから、私がたたき落としておきましょうか?」
「はは。静もそんな冗談言うんだな。大丈夫だよ。俺に任せちゃって」
「でも……」
「どうせ、魔法は魔法でしかろくに相手できないし……それに」

ちら、とオレは憤慨している様子の静を見た。
彼女は、長くオレの隣にいながらも魔法使えないさんで居られる世にも珍しい妙齢女性である。
だが優れていようともどうにも一般から離れない様子の美人に、これ以上頼る気持ちはない。

そして、あいつら仕方ないなと思いつつも、何よりドラゴン殺しはオレがやるべきことだとも思ってはいる。
だって、生まれたての赤ちゃんの泣き声をの大きさをいちいち咎めるくらいにオレは暇じゃないし。

「後輩の面倒見てやるのも、先輩の努めだよ」

彼女らの怒りを受け止めることこそ、オレの意義の一つだとしてドラゴン退治へと歩を踏み出すのだった。

 

光輝が力なのか、それとも魔たる力が光を帯びるのだろうか。
幾ら考察していても分からないが、とりあえず魔法は輝きと手と手を強く結び合わせているのは違いない。

だからこそ、何人分の魔法を足したのかも分からない程力を込められたこの【ドラゴン】は眩しくて目を閉じて顔を逸らしてしまいたくなるくらいにびかびかしている。
それを、闇夜の中《《空》》》にて待ち構えるオレは、つい目を惹かれるその闇夜の場違いな太陽光の上に器用にも乗りかかるように平行飛行している少女を見つける。

「ふぅん……今の子達はホント多芸だよなあ……」

オレは半ば呆れのように自分から離れた力の進歩、もしくは進化に驚きを覚える。
最初に空を飛んだ魔法少女である元祖のオレなんて、もう飛翔においては彼女らの足下にも及ばないだろう。

ウイルスの進化適応になぞられ、それを超えんばかりの感情と意思による恒常性の突破。
オレには魔法少女というもの自体感染症ではなく人間の可能性の表れにしか思えなくて諸手を挙げて彼女らの存在を喜びたいところだが、現実パフォーマンス的とはいえ狙われてばかり。

好きな相手にこそ嫌われがちな境遇に嫌になりそうだが、それでもそんな人生ですら埼東ゆきにとっては唯一のもの。
ならば、腐らずにこれを全うする。その覚悟でいつの間にか目の前一杯になっている火炎の海、プラスの赤い魔素の塊に正対して。

「始祖、覚悟っ!」

その荒ぶる業火の上から更にプラスをかけてオレを押しつぶそうとする魔法少女ごと。

「えい」
「きゃ」

オレは自ら|掛ける《×》魔法によって光の塊になってから、ぺちんとたたき落とすのだった。

「きゅう……」
「あー……やり過ぎちゃったかな?」

そして、オレはドラゴンのついでにやっつけてしまった優れているのだろうでもオレよりも力にふるわれているのかもしれない魔法少女を拾って介抱してあげることにして。
どうも彼女の露出過多でぷにぷにしたボディを持ち上げるのに苦労しつつ、その合間に震えるポケットに応答したオレは。

「ん? 電話か? ……もしもし?」
『ゆき? ごめんね。そっちに魔法とバカが飛んでったと思うけれど……』
「ああ。勿論既にやっつけといたよ」
『はぁ……何時もごめんね? わたくしの民はどうも分からず屋で……』
「気にすんなよ、マーガレット。結局何もかもオレが悪いんだから」
『ほんと、ごめんねえ……』

オレは魔法国ユートピアの建国者マーガレット・モアからの、最寄りの基地局をすらすっ飛ばした魔法による糸電話のような通話を受けながら、国作りってのも大変だなあ、と思うのだった。


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