★ルート第六話 Rock/揺らす

いいこちゃん いいこ・ざ・ろっく()

「えーと。つまり、あたしが喜多さんのせんせーしてるって聞いてその実力と人柄が気になったから呼んでみたと?」

あたしは珈琲なんていう、よく考えたら果実から種だけ取って乾かしたものを煎り破砕抽出するなんてかなり異色の工程を経ている褐色飲料をちゅーちゅーしながら、うっさくて暗い店内に負けない大きさの声でそう呟く。
結局。あたしのひとりちゃんへの沼りぶりに話題がしばらく移るなど迷走の果てに、あわや迷宮入りかと思われたあたしがここへ連れられた理由は山田さんの説明によってただ今判明した。
いや、雑に彼女にじゃあ弾いてもらおうかって言われて首を傾げるあたしに、伊地知さんがめちゃ補足してくれた結果の理解であるが、これで間違いではないだろう。

「わあ」
「あれ。私ひょっとして伝え忘れてた? ……ごめんなさい、井伊さん!」

衝撃の事実に両手を挙げてオーバーリアクションするあたしに、喜多さんは両手を合わせてごめんなさい。
唐突にそんなトーキー映画にしても分かりやすいポーズを交わしあうあたし達を見て、伊地知さんは苦笑しながらこう言った。

「あはは……喜多ちゃん連絡不足ー。そうだねー……後、あたしとリョウが気付いてなかった、喜多ちゃん知らないからって6弦ベースでギタリストになろうとしてた問題を解決してくれたって聞いて、直にありがとうって言いたかったってのもあるかな。本当に……ありがとう! 助かったよー!」
「私からも感謝。いいこはノリ以外も中々にいい子」
「いやあ。感謝された上ここまでお褒めいただけるとは光栄ですぜー。あたしはなんせ調子のいい子と言われることの方が多いもんで」

と、冗談を口にするあたし。
実際褒められるのは慣れないというか、むしろ悪口言われてた方が安心するタイプ。
悲しいかな、それはかの最強柴犬ことジミヘンちゃん以外の動物さんたちに、散々《《怖いから》》近寄るなと威嚇された経験から来ているのかもしれない。
ちょっと人間というよりも動物として優れちゃてるあたしだからこそのお悩みだった。

いや、実際100点毎回取っちゃうより、偶の赤点に泣いちゃう方が人間ぽく感じるもの。
そして前者があたしで後者がひとりちゃんであるからには、間違いは完全にあたしだ。
たとえ調子いい人だなって、蔑まれようとも《《普通じゃない》》あたしは止められない止まらない。
むしろ、前へ倣えって最高じゃないかと思いながら、羊さんたちの群れに紛れ込みたくてその皮を被っちゃってるあたしだった。

しかし、それこそ見本的な善人のきらきらきららな人達には半端な自虐なんて通用もしない。
向けられるひどく優しい視線たち。その中で一等星な彼女が椅子から立ち上がり身を乗り出し、大きく叫んだ。

「つまり井伊さんって人に合わせるのが得意なのね! 素敵だわ!」
「喜多ちゃん、解釈真っ直ぐすぎ!」
「はい。コバンザメ井伊直子です。こんばちは」
「一方いいこは捻くれすぎだね」

喜多さんは、本当にあたしなんかよりいい子の称号が相応しい、きたーんと輝く太陽燦々。
でも、彼女の後光を受けようとも暗がり背中に残したお月さんさんなあたし。
そんな対象的な二人にも伊地知さんに山田さんは受け容れ突っ込んでくれるからもうありがたいことこの上ない。

「うーん。ま、そうですねえ。あたしの人柄はなんとはなしに対話で分かっていただいたと思いますので、後はギターの実力ですか……」

しかし順調に吸い込んでいた珈琲は次第にずずずと空気を含んで音を立てた。
同じようにこの世に調和ばかりが奏でられる訳でもなければ、協和融合不足の雑音が響き耳をイジメてきたりもするものだ。
異口同音に正しさを奏でる少女たちの前に、間違ったあたしの不協和音はこんな風に発生した。

「それは、きっとかの《《guitarhero》》に比肩するもの……だったらいいですねー」
「へえ……」
「おおっ、大きく出たねー。こりゃあ楽しみだ!」

単なる弾いてみた動画投稿者として以上の認知、最近はオリジナル曲まで弾くアーティストとして承認力(フォロワー)10万を超えだしたひとりちゃんの匿名アカウント。
それが【guitarhero】という彼女の理想の形。理想像を形にしすぎていたみたいで、正直に設定が昇天ペガサスMIX盛りレベルであるが、それはそれであたし的には愛おしいもの。

一日6時間近くの練習を繰り返すひとりちゃんに、昔のあたしは耳に入れども付き合いきれなかった。
ただそれに今は負けないぜとあたしは耳にこびり付いたひとりちゃんの音楽をない尻尾振りながら必死に追いかけ続けている。

とはいえ正直ギターにかけた時間は現状彼女に及びもつかないし学校でしか弾いてなければどんどん差がつくには決まっていた。
とはいえども、諦めることなんて出来やしないので、あたしは自らの長い持ち物に願いをかけて今も星に届くよう必死に持ち上げているのだから、こんなことだって平坦な胸を張って言い張れるのだった。

「ええ! 努力を凌駕する才能ってやつを見せてやりますよ!」
「わあ……直子ちゃん、それって普通逆じゃない?」

あたしのおかしな言に、伊地知さんは開いた口が塞がらないといった様子。
勿論、努力ってものは人の世の中である種神格化すらされている。また本当に頑張りばかりで星になったひとりちゃんを見ていれば、頑張ることが無意味だなんて口が裂けても言えないけれども。

「ふふ。ですが――――でも、クリスマスツリーの天辺のお星さまにだって、立派な脚立を持ってさえいれば届きますよね?」

それでも才能は、ズルではない。むしろより高みに向かうには必要な、土台だ。
そしてあたし自身道化て鋭いところを見せないように努めていようとも、実のところ立派すぎる牙が揃ってしまっている。

ひとりちゃんにはない、過ぎるほどの音の受信力に記憶力や学習力。ついでに何故か有り余る程の握力。
それらを足して足してその上で努めた結果、【guitarhero】を見上げているのが今のあたしなのかもしれない。

『直子ちゃんなんて、知らない!』

付け焼き刃と他人には言わせておけばいい。もうあたしに、優位性の使用を勿体ぶる程の余裕なんて無いから。

「いいこ、やっぱり面白いね」

しかし、むしろあたしに対する興味を増すような、変人に憧れている格好いい人。
山田さんの微笑みに、伊地知さんもまあいいかと萩の月が一個入りそうなくらい開けていた口を閉じて神妙にする。

とはいえ空気としては、少しピリついた感じ。
半信半疑な先輩方に対してやってやんよとなっているあたしの間に見えない火花が散る。

だからか、あたしは隣に浮かんでいたでっかいクエッションマークを見逃していた。
音楽初心者な少女は首を傾げて長髪を左側に偏らせてからこうあたしに問う。

「えっと……井伊さん。ギターヒーロー、ってなんのこと?」
「え?」

あたしは喜多さんに直ぐ、実は【guitarhero】ファンだった伊地知さんと一緒にURLをもとにめっちゃ布教した。

 

 

「ふぅ」

四角く狭い空間。ちょっとひとりちゃんと子供の頃一緒に隠れてた押し入れを思い出すような、リハーサルスタジオ。
とはいえ似通っているけれども殆ど違う、こんな音を使う密閉空間に入るのは初めて。緊張気味のあたしは、でもなんとか慌てず騒がずギタ男をぬぎぬぎさせた。

「いきます」

そして用意を済ませたあたしは、まず課題曲を《《そら》》に浮かべる。
だが、それだけでは足りないと【guitarhero】が動画に残す前にしていた練習風景を別の《《ウインドウ》》に映し出すなんて欲張りセットで挑むことにした。

「♪」
「わあ……」

脳裏は、常にそんな楽譜と見本を同時再生。それに合わせてまだ上手くは動かない指先を《《力尽く》》で是正する。
これらを負担と感じるのが人間の通常であり、或いは同様のタスク一つも行えない者だって多いらしい。
だが、あたしには大体なんとか出来てしまうから、人間離れしているとされて、動物からも嫌われるのだ。

「♫~」
「すごいねっ!」
「うん。予想以上」

だがそんな人でなしの天才を惜しげもなく用いた付け焼き刃は、存外深めに突き刺さってくれるもの。
あたしは、聞いてくれてる音楽好きの子たちが、あたしの造った最良の音の連続体を認めてくれているようでホッとする。

「……♪」

そして、それを続けてあたしは終止線にたどり着く。
間違いは、あった。だがそれだってあたしの予定調和の一つ。なにせ、あの日お手本たるひとりちゃんだってこれくらいの失敗はあったから。

「っ。ふぅ。……どうです?」

そう、完全無欠は勿論あたしと程遠い。だから、これでもよし。どこまでも似通いギリギリまで肉薄させた音色達は【結束バンド】の皆に届けられた。
ただやっぱりこんなの|rock《揺らす》には程遠いなあとは思いながら隣を向く。
すると、そこには手を大きく広げた喜多さんが間近にあって、むぎゅと。

「凄い、凄いわっ、井伊さんっ! 私今の演奏なら、本当にさっき聞いたギターヒーローのものにだって負けてないと思う!」
「むぐぐ……喜多さん。おさわりは厳禁、おひねりは歓迎ですぜー……ぷは」

ハグ。ひとりちゃん以来にここまで接近を許したあたしは、多分それほど本気だったのだろう。
そして、あたしの才の全力行使は珍しく役に立ったようで、歓喜した喜多さんのボディタッチが今や激しすぎる。

しかし、自分としては【guitarhero】には明確に負けていると自覚はしているとはいえ、近いと初心者には錯覚を感じさせられたようであたしもちょっと嬉しい。

「ん……どーでした?」

とはいえ、流石に経験者は、と苦笑と瞑目という違う表情を向ける方々へと喜多さんの肩に顎を乗っけながら顔を向ける。
二人は、続けて感想を語った。

「あはは……確かにこれほど後輩が才能豊かなところを見ちゃったらあたし自信なくしちゃうなあ……殆どミスもなしでいや、凄いねー」
「うん。大体分かった。いいね」
「そーですか? あたしは……」

いいねと凄い。つまりはあれが良しなのか。
しかし、そうは流石にあたしは思えない。
まがい物の心なし。そんなので揺れるのは空気ばかりであって欲しいと思うのがあたしのセンチメンタルな部分。

そして、やはり感性に優れた草食系バンドマンであるところの山田さんは、あたしの考えを裏付けるかのようにこう続けた。

「でもこれは、いいこの音楽じゃないね」
「ですよねー」

それに、うんうんとするあたし。
要は、実力出せと言われて頑張ったパクリをお出しした状況。
それで音《《楽》》を続ける少女たちを十全に満足させられるとまでは流石のあたしも思ってない。

「これが精一杯で、申し訳ないです」
「井伊さん……私はいいと思ったけれど……」

だから、あたしは少し離れてくれてもなお言い募る初《《心》》者な喜多さんを含めて頭を下げる。
片目を開けてこちらを見つめる山田さんは勿論、伊地知さんもなんだか鋭角アホ毛をしんなりさせながらなにか考えている様子。
まあ、感じるのではなく考えさせる音の連続を聞かせてしまったのは、申し訳ないとあたしも思うのだ。

「いやー。このギター、ギタ男って言うんですけど実はあたしはこれでも……」
「いいこ」
「はい?」

だから、微妙になった空気を入れ替えるためになにか一発すごすごギャグでもかましてやろうとしようと口を開いたあたしに。

「なら、これからいいこは私達と一緒にいいこの音を探そう」
「え?」

山田さんはそう誘った。
今度は不明に首を傾げるのはあたしの番。
意図も理解しがたいそんな音の連続はあたしの耳朶をなぞって、脳裏に焼き付いた。

「えっと……」

そして、上手くあたしは次の言葉が纏まらない。
ただ、動く心に気持ち《《揺らす》》リフレインばかりが響き続けて。

「……本当に?」

あたしは、なるほどこれがロックな展開なのかと、驚くのだった。


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