はじまり→★

いいこちゃん いいこ・ざ・ろっく()

あたしは、井伊直子。
友達にはE子だのいい子だのあだ名されることのある、緑の髪した普通の女の子。
いや、よく考えたら普通とはちょっと違うのかもしれない。
あたしは幼い頃からとっても動物、特にワンちゃんが好きだった。

『あははー! ワンちゃん可愛い!』
『直子、危ないわよ!』
『ワンっ』
『きゃあ』
『直子!』
『えーん。いたーい!』

好きだから、触れ合うために手を差し出す。それが子供の常道としても、少しあたしはやり過ぎだった。
コンビニ前に繋がれていた他の家のポメラニアンちゃんに手を出して噛まれるなんて当たり前。
トイプードルの尻尾を追いかけては溝に落ち、まだ見ぬシーズーを探しては道すら見失って迷子になる。
そもそもあまりに動物に好かれない性質であるらしい、あたし。生来の持ち物であるらしいそんな特徴によく悲しんで、あたしは家で膝を抱えていた。

『うう……あたしってなんでダメなんだろ……』
『にゃん』
『エーキチ……あたしを慰めてくれるの?』
『にゃんっ!』
『痛ー! 酷いよー!』
『にゃにゃん!』
『うう、分かったよー……ご飯ね、シローもよそったげる』
『にゃ』

でも実際のところ、あたしを嫌うニャンちゃん達が占拠する我が家で悲しみを続けることは難しい。
逆らえば軽く爪を立てられて、あれやれこれやれ。
ヒエラルキー最底辺の少女は、三匹の猫さんに餌の上納と寝具の提供を続けてばかりだった。

『わあっ! 人間と同じご飯食べてる……可愛い……』
『そうだね……フレシュフードは手作りするのは色々と手間がかかるみたいだけれど、どの子も美味しそうに食べてるね』
『美味しいの、良かったねえ……きゃー!』

そんな幼きあたしの唯一の心の支えは趣味の面でも理解のあった一番の味方であるお父さんの膝の上で観る、動画。
タブレットに次々映る、ワンちゃんニャンちゃん達にあたしは釘付け。
過去で画面越しだからだろうあたしに牙を向けずに、時にドジで必ず可愛い子らが大体楽しんでばかりの数分間を移動していくのは毎日の楽しみで。

『おっと』
『あ……これ、おじさん?』
『うーん……そうだね。まあ、直子から見たらおじさんか。でもこの人は有名なロックスターで……』
『おとーさん。そんなのいいからワンちゃんたち見せてー!』
『あはは……そうだよね。直子にはまだこういうのはつまんないか』

だから、父母の趣味であるロックな動画が誤タップされた時などはあまりの毛色の違いに拒絶すらした。
そんなの、ではないことは今になっては良く知っているし、正直なところずっとあたしは動物たちにだけ構いすぎていたと後になっては思いもする。
変えられない、過去。それを誰しも通っているのだから後悔だって大なり小なり沢山あるに決まってた。

『あ、柴ワンちゃん! うう……この子もあたしのこと、嫌がっちゃうのかな……』
『あん?』
『あれ?』

しかし、そんなに執着していたからこそ、彼らに出会えたのには違いない。
だから、あたしは後悔だらけの過去を間違いとだけは思いたくないんだ。

『待って、ジミヘン……と、あなた、だ、だれ?』

それはきっと、ひとりちゃん。貴女だって同じだよね。

 

あたしは最初、実は人間にあまり興味がなかった。
だって皆よく似ているし、そんなに毛深くなければ可愛さに欠けている。
また、動物たちと違って求めなくても中々近くから居なくならないものであるからには、ちょっと蔑ろにしてしまっても当時のあたしには仕方ないことだったのだ。

そのままだったら大分アレな人間に育っていただろう、あたし。
なら、そんな歪んだ成長が曲がって直ってくれたのは誰のおかげだろうか。

『ね、ひとりちゃん。またお家行っていい?』
『え……う、うん。井伊さんがいいなら……』
『ぷ。いいさんがいいって、冗談?』
『あ。こ、これは違って、そんな意味は別になくて……あの』
『直子』
『え?』
『ひとりちゃんは、あたしの名前、呼んでいいよ?』
『……う、うん!』

それは勿論、大親友である後藤ひとりちゃんのために他ならない。
今から考えると信じられないくらいに引っ込み思案《《だった》》頃の幼い彼女の初めての友達があたしだったって、トロフィーみたいに掲げたい事実。
天使の子供そのもののようだったあの日の彼女の手を取って、しかし自分勝手なあたしはこう喜んだんだ。

『良かったー! これで今日もあたしに会っても怒らない、優しいジミヘンちゃんに会えるよ!』
『あ、う、うん……そ、そうだね。直子ちゃんはわたしじゃなくてジミヘン目当てで……』
『行こっ!』
『わ』

無遠慮にあたしはひとりちゃんを引っ張り、光舞う外へ。
きょろきょろしてばかりの小動物的な彼女を、あたしは結構可愛いなって思ったんだっけ。

『ジミヘンちゃん、いくよ……えーい』
『あんっ!』
『わ、わたしも!』
『あっ、ひとりちゃんはボール追っかけなくていいんだよ!』
『え? わっ』
『転んじゃった……ひとりちゃん、大丈夫ー?』
『えへ……直子ちゃん、だ、大丈夫』
『立てる? 汚れてない?』
『う、うん……』
『あん、あん!』

大体ジミヘンちゃんと一緒だったけれど、そうして彼女と幼少期を多く共に過ごすようになって、あたしは結構変わった。
下を見てばかりじゃなくて、星に見惚れない程度に視線を上げればそこにだって愛らしいものがある。
それをひとりちゃんのおかげで知れて、本当に良かった。

『ひとりちゃんって、勉強苦手なの?』
『う、うん……ごめんね』
『あたしに謝るなんて意味ないよー。でも、それなら教えてあげる!』
『いい、の?』
『うん! ジミヘンちゃんに会わせてくれるお礼!』
『ありがとう……』

また、結構ひとりちゃんはどんくさい。だから、動物に対してみたいによく見てあげたくなってしまうところがあった。
幸いあたしはそこそこ小器用な方だったみたいで、見本として動き回ることに不足は特にない。

それに、運動だってやれば出来る方。なんか、緊張しいで身体が強張りがちな癖があったひとりちゃんと二人組みになっても、そこそこ体育の時間で活躍は出来た。

『きゃ!』
『っと。ひとりちゃん、大丈夫?』
『コート、わたしと、直子ちゃんだけ……』
『ドッジボールって、強い人中々外に出ないし、ひとりちゃんは何時でも出せるって思われちゃったのかな? ……よーしっ!』
『……直子、ちゃん?』
『かかってこい、このやろー! あたしとひとりちゃんの最強コンビを残したこと、後悔させてやるー!』
『わわっ……!』

まあ、それでもちょっと当時は身体が他の子より大きくって、球技で国体選手だった父を持っているばかりのあたしが最強なんて片腹痛いもの。
普通に敵のパス回しに反応遅れさせたあたしがボールを落としてアウトで、その後山なりに飛んできた手加減ボールを受け止められず弾いてしまったひとりちゃんがやられてお終い。
体育の時間の、そんなありきたりな一幕に、どうしてかひとりちゃんは。

『ぐす……』
『ど、どうしたの?』

何故か、泣いちゃってた。
あたしには、その理由がさっぱりで、やっぱりあたしは動物と相手する方がやりやすいかもと血迷って考えすらしてしまったのだけれど。

『わたし、直子ちゃんと最後まで一緒に居れなかったから……』
『ひとりちゃん……』

でも、ただのワンちゃんはこんなに心動かせる言葉を発せない。
そして、人はこんなに懸命だから愛せるんだって気付いたあたしは。

『ありがとう』
『?』

よく分かっていないひとりちゃんを土に汚れた手をすっかり忘れて撫でたんだ。
噛みついてこない、好きなもの。そんなの、ジミヘンちゃんじゃなくったってこんなに近くにあったのに。
あたしが出来るのは、彼女のワンちゃんで慣らした、いいこいいこ。

そう。あたしなんかよりよっぽどひとりちゃんの方が、とってもいい子だった。

 

そして、仲良しこよしのまま小さい柴ちゃんなジミヘンちゃんとひとりちゃんと成長したふたりちゃんと戯れていたら、何時の間にかあたしは気づけば中学生。
勉強がちょっと難しく感じてきたから塾に通い出したあたしは、ひとりちゃん達と遊ぶ時間が減ってしまい、よくシャープペンシルを作ったくちばしの上に載せて、むむむ。
まあ、新しく出来たお友達とそこそこ仲良く出来ているし、別に悪くはないのだけれど最良には思えないよなあと、子供らしい悩みに表情を色々と変えていたら。

『ギターをはじめた?』
『う、うん……』

なんと、少し目を離した隙に、後藤さん家のひとりさんはロッカーの卵に大変身。
お父さんからギターを借り受けたと、びよんと弦を掻き鳴らすその様は、まだまだひよっこ足らずだけれども。
どうしてか、焦燥感を覚えたあたしは、ひとりちゃんに事態の故を問うのだった。

『どうして? ひとりちゃんって音楽そんなに興味ある子だったっけ?』
『えっと……』

すると、視線を下げるひとりちゃん。彼女のキレイな桃の髪を飾る二つの四角がぶつかりあって、カチンと音を立てた。

『ひとりちゃん、話したくないなら……』
『あ、あのねっ、直子ちゃん!』
『わ』

あたしはよく分からないけれど、ひとりちゃんを困らせるのは本意でないから、沈黙に我慢できずに話題を変えようとする。
でも、覚悟を決めた様子のひとりちゃんは、顔をがばりと上げて瞳に星を映した。
希望に輝くそれが、少し遠すぎるきらいがして瞬きを二つしたあたしに、彼女はこう続ける。

『私、変わりたいの! 陰キャでも、直子ちゃんみたいに誰かの力になれるのって、音楽だと思うから……!』
『ひとりちゃん……』

何時も口にせずに我慢しちゃう、ひとりちゃんの本音。
それがあたしのことを想ってのものも含んで聞けたなんて、涙がでちゃって当然だと思う。
なんか透明で温いものばかりが、あたしの奥から奥から出てきちゃった。

『う、うわーん!』
『わ、直子ちゃん?』
『ご、ごめんねひとりちゃん……あたし嬉しくて……うっうう……』

そう。あたしは勘違いしていたけれど、足踏みしていたあたしを他所にひとりちゃんは一人羽ばたこうとしていたのだ。
また向かうところが誰かのためって凄くあたし好みで胸がきゅうってなるほど嬉しい。

だから。

『あたし、ひとりちゃんのこと、応援するね!』
『う、うん……ありがとう!』

そんな風にただ、輝くものが空に浮かぶ手伝いをしたいって、心より想ったんだ。

たとえ、それが後悔を残す結果に繋がるとしても。
でもあの日のあたしは、そう決めていた。

 

誰かのために、っていうのは結構頑張れるっていうのもひとりちゃんのお陰で知れたことだ。
身長の伸びも落ち着いて物理的にも最早そう高くない頭を下げるのなんて、簡単。
そうしてあたしは、見た目だけちょっとワルめの先輩に頼み込む。

『ひとりちゃんを、どうかお願いします!』
『あー……頼まれる分にはむしろ嬉しいけどさ、そのひとりちゃんって言う子? どこに居んの?』
『この段ボール箱の中に……えい』
『ひー』
『わ。E子の隣に業務用のがなんであんのかって思ってたら……つうかげしげし足でしてやんなよ。ひとりちゃんって子が可哀想だって』
『……バンド入りのためにこうして先輩との機会セッティングしたあたしの努力を忘れて、段ボール箱被って隠れだしたひとりちゃんなんて、可哀想なんかじゃありませんよ。えい』
『ひー』
『ぷっ。面白』

しかし、締まらず覚悟決まらずなのがあたしとひとりちゃんの常道。
ひたすら真面目なあたしと、真面目にふざけたことをやっているひとりちゃんは、本質が異なって不協和音を奏でがちだ。
でも、後に卒業後も中学の文化祭にやって来てライブ会場で力の限りひとりちゃんを応援してくれた初期メンである、意外にも面倒見のいい先輩はむしろそんな変わったところを気に入ってくれたみたいだった。
完熟マンゴーの箱で片方みえねーけどお前らいいね、と続けた彼女は顎をしゃくるようにしてあたしに問う。

『E子。お前は入る気ねーんか?』
『いえ。別にあたしは音楽そんなに好きじゃないんで……』
『そっか』

勧誘に、首を振る。
実際、あたしには当時のひとりちゃんのような情熱がなかった。
またこの頃は、あたし抜きでひとりちゃんとお母さんお父さんが音楽関連のロイングループを作成したことを知った時期でもあり、隔意すら多少あったのだ。
そっと段ボールから向けられる視線を無視してつんとつれなくするあたしに、先輩は微笑んで。

『ま、ならアンタは気が変わったらってことで……よし、ひとりちゃん。よろしくな!』
『は、ひゃいっ!』

段ボール箱に隠れた星の原石を手にしたのだった。

星が空にて輝くまでそれ以降も、様々に事態は動いていく。
天体観測をしている気分で、あたしはひとりちゃんの頑張りっぷりに付き合った。

それになにしろ、あたしの家にロックに関わらずCDが沢山あることや音楽室なんて防音がそこそこ確りしている部屋の存在に目をつけたのか、ひとりちゃんは毎日のようにあたしの家へやって来る。
ああじゃないこうじゃないと騒々しいひとりちゃんのお構いをしていれば、それだけで時間は飛ぶように過ぎていくものだ。

ちなみに、はじめてしばらくはジミヘンちゃんもお供してくれてはいた。
でも滞在時間が伸びるにつれて、彼のする欠伸の回数があたしには気になり、無理に連れて来ることはないよと泣く泣く伝えたのだ。
それ以降、ギターを背中に少し猫背に努力する彼女の奏でる防音室からも漏れ出る素敵な音色をあたしは、自室で一人でよく聞くことになる。

『ねえ、直子ちゃんはうるさくないの?』
『そりゃ、気にならないよ。だって、ひとりちゃんが楽器を鳴らすのって、ワンちゃんが鳴くのと殆ど一緒でしょ?』
『えっと……気持ちを伝えたいというのは同じかもしれないけれど……ちょっと違うような』
『ま、でも毎日聞いてるから出来の良し悪しは分かってきたかな。今日はチャレンジし過ぎてたのか結構ミスしてたねー』
『うう……気づかれちゃってる』

そして、彼女を家に送る道々に二人で本日の音の調子を話し合うのは、夜のルーティンともなった。
この時間を大切にしていたからか二人してこがずに自転車を押して、夜空を見上げならがらゆっくりと。
そう、きっと。あたしもひとりちゃんも、これが青春だと分かってた。

そして、バンドにて押しに弱いひとりちゃんが色々と任されてしまい、これは良くないと間にあたしが入って調整を行ってから少し。
取り敢えず歌詞担当として頑張る彼女の横でいぶりがっこをぽりぽりしていると、あの日の何時ものようにひとりちゃんから質問が来た。
椅子の足の横で丸まるジミヘンを撫でながら、あたしは自信なさげな彼女の視線を受ける。

『ねえ、直子ちゃん。歌詞のこの部分……変えたほうがいいかな?』
『んー? 用法的にはおかしくなさそうだけど……ちょっとストレート過ぎるかも?』

あたしはしかし、確として答えられない。
なにせ、ひとりちゃんの方が音楽に関して一日の長どころでもない経験を持っているというのに、あたしはそれを漏れ聞いているばかりの未経験者。
毒にも薬にもならない感想を述べるあたしに、ひとりちゃんはそれこそが正しいと信じて改めてペンを持つ。

『そうかあ……なら変えるね』
『ひとりちゃん。待った』
『え?』

でも、あたしはひとりちゃんの勘違いにそろそろ待ったをかけた。
確かに、あたしは勉強など得意に関しては今までは役に立てていたかもしれない。
しかし、これに関してはもう違うのだ。教わってばかりで、あたしはむしろただのいちファン。
なら、元先生代わりとして本当のことをせめて教えてあげないとと、視界に邪魔な緑の前髪と一緒に首を振って。

『もう音楽で、あたしはひとりちゃんの先生にはなれないよ』
『っ!』

もう導になれない諦めに、あたしは苦く笑ったのだった。

 

『わあ』

だから。あたしはその結果に口をぽかんと開ける他にない。
ひとりちゃんは、一年にして文化祭に出てリズムギターを熟し、二年目にはライブをするからとチケットをあたしに配ってきて、そして中学三年生も後半になった今。

『――っ』

彼女はもう立派なギターヒーロー。
実際、戯れで上げてみた弾いてみた動画を縁にして、彼女はちょっとした有名人。きっとそのうちにメジャーデビューにまで手が届きそれ以上だって間違いなく、夢見られる。
それを確信させてくれるくらいの熱量が、この箱には溢れていた。

一人ぼっちだった彼女の笑みは、今多くに望まれている。
ああもう、ここには鈍くさくてあたしの後をついて回っていた少女の姿はどこにもない。
素敵な素敵な星が誰でも分かるように輝いていて、伴星達だって負けてはおらずに、彼女は一人《《ぼっちなんかでは全くなく》》。

『ありがとうございます!』

汗だくでマイクを受け取り、笑顔で少女はそう叫ぶように感謝を伝えた。
そして、声援を向けてくれたファンの子達に手を振る彼女は、どこまでも正しく。

『ひとりちゃんは、すごいね』

あたしの一等星だった。

ライカ犬の犠牲があったとしてもいかなる動物もお空の星星には届かず、だからあたしもこれからずっと見上げるばかりなのだろうか。
届かないあたしの一筋の涙は心と交じらず真っ直ぐに流れる。

だから、あたしは――

 

→①間違っていたと、思ってしまったんだ。(★ルート)◀:

→②何時か一緒に輝きたいと考えたんだ。(☆ルート)

 


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