ぱん。
そんな音がした。
「え、と」
いつの間に弾けたのだろうか。魔物は瞬きの間に消失していた。
あの存在の末期の証明が先の音色だとするのならば、何とも命として軽い。
いいや、これはひょっとして。位すら弾けるほどの足し算があの合間に行われた証左ではないか。
隣を見ると、当然のように手をかざし終えてそれを戻している最中の事後の彼女が見て取れた。
一度目を瞑り、ハルは呟く。
「ごめんね」
「ハル……」
オレには、彼女の謝罪の理由が分からない。
だが、ハルが後悔している様子は確り見て取れる。白磁の頬に、僅かな歪み。
自罰代わりに頬を噛んでから、彼女は薄く煙をあげる最早廃車寸前の車の中で、続けた。
「私、気付かなかった。一度でもお空を見つめていればそれで上水の奴らが既に第《《五》》の壁に孔を空けたことに気付いたってのに、びっくりさせちゃったね」
「そんなの……」
「ううん。私はずっとどうして誰も守れなかったんだろうって隠れて思ってたから。眼の前のこと、見れずにずっと下向いてた」
「オレも、それは一緒だ」
「うん。オレ君と同じは嬉しい。でも、敵に気付いたなら……やっつけないとね」
そう話すハルは火が点いたかのように、爛々とその瞳を意気で染める。
見敵必殺。あるべき自然がオレには哀しく思えてしまうのはどうしてだろう。
彼女は、気付けなくてオレも、気付いてやれなかった。
でも、それで嘘でも笑顔をやれていたならそれでよくて、本当に大事以外どうでもいいならそんな顔するはずないってのに。
ハルは更に一度強く後悔を面に出して、魔物を野放しにしていた己に怒りすら覚えていることを握りしめた手のひらで示して、そして。
「さあ私の最強――――みせてあげるよ」
言い、彼女が蒼天に向けて開いた手から光点が無数に発されたことに、オレはそう驚かなかった。
先に破裂音を起こさせた元凶だろうそれが数多に広がっていくのよりむしろ、握った際に爪で抉れたのだろう手のひらから溢れる血の行方のほうが気になってしまう。
だが最強。彼女の魔法少女としての力量はオレの前で歴然となった。
そも、オレを筆頭に魔力を自分から離すのだって中々出来なければ、そもそも輝かんばかりに威力を発揮させるには一人では普通手が足りない。
島の連中がよくやるドラゴンのような寓話の《《なぞり》》に頼ることすらなく、ただの球として発する。それも、無数に。
「すごいな……」
きっと、ハルが四方八方に飛ばした光球はさっきぽろぽろして堕ちて来ていた魔物と同数。
つまり、それによる一撃だけで魔物を倒せると彼女は確信しているということ。
正直、魔法にホーミング機能をつけるのも、そもそも堕ちた魔物の位置をこの短時間で把握したのも、正直魔法を学び足りていないオレには分からないレベル。
ただの最古なオレには分からない最先端の、最強。それを見たオレはただ口をぽかんとするばかりだ。
「よし。これで今回堕ちた分の魔物が|悪夢《NIGHTMARE》レベルまでだったら何とかなるでしょ。後は……」
「……ハルちゃん。あの孔、どうにか出来ます?」
「うん……サイズ的にそうでもないし……手荒になっちゃうけどコレくらい掛けたら多分……」
そして、よわよわなオレがびっくりしている間に、何故か愛車廃車状態の中で通常運転な静は空を指差しハルに問う。
メイドさんの指の先険しく見つめながら、オレを蚊帳の外にして事態は進む。
片手では足りないのだろう、両手を皿のようにしてでっかい胸の前で広げる。
「わ」
すると今度はバスケットボールくらいの光弾が生じて、思わずオレはそれに込められた力の量に驚くのだった。
正直なところ、オレから絞り出して何度も干からびさせても足りないレベルのものが、光り輝き浮かんでいるのだから、とんでもない。
こんなものを軽々と浮かべるハルにも、お空にこれを貼り付けでもしないと直せないレベルで世界を毀損した上水の連中にもドン引きだ。
「えいっ」
ハルの口から飛び出たのはちょっと間抜けにすら聞こえるような、気合の声。
持ち上げる手の動きと一緒に魔力の塊は、天に浮かんでいき、あっという間に見えなくなる。
輝きを見失うのもおかしな話ではあるが、それくらい高度にそれは高速で向かったのだと遅れて理解をいかせてから、途端。
「え?」
「ん? 眩しっ!」
ハルの疑問を聞いてオレが首を傾げたそれを契機としたかのように、空に太陽がもう一つ。
これが光輝を帯びるほどの大きなプラスが横槍によって括弧を外れて拡散したものとは、後で知った。
取り敢えずよく分からないまま突然の眩しさに目を閉じるオレ。
突き刺すような輝きが痛いくらいだったらくらくらすらして、だから再び開くまでは数秒。
それだけの合間。
だから瞳を開いたところで空の青は当然変わらず、昏い黒の一点もなくなってくれなくて、その上で。
「……お前、誰だ?」
「ふぁあ……」
見知らぬレイヤーが高段にて一つ間隙に挟まれていた。
それは、寝間着姿の女の子の形をしていて、格好だけでない眠気を示すように欠伸を一つ。
ナイトキャップの先に星をころり。パッチワークみたいな顔色の中で黒と青の瞳をゆっくり開き、オレ達を少し上空から見つめてきたと思えば。
「アリス、だよ……」
再び目をつむり、そう自己紹介。
彼女は、浮かぶのではなく当たり前のように安置として空の上に安堵されていて、故に眠いのかもしれない。
つい、つまらなくて欠伸をしたくなるくらいの、上位。そんな魔法少女どころではない位階の存在は、目を瞑ったままにそっとハルにこう告げる。
「そこの力持ちの子。あの孔は放っておいて……」
「どうして? アリス・ブーンさん」
「……ふわあ?」
上から下に告げるばかりのアリスは、しかしフルネームを返されたことに、ようやく瞳をぱちくり。
何やら予想外だなと、見る彼女のオッドアイに映るハルの顔は苛立ちに溢れていて。
「ぷ」
だからこそ、アリスは一笑。やがて愚問に返すのは愚答でいいとばかりに、こう続ける。
「簡単。アレが起こす悲劇は観てる《《彼》》の良いガス抜きになりそうだから……」
「っ!」
アリスには当たり前の、文句。だが、それは理外の彼女を慄かすには十分だったようだ。
きっと怯えだけじゃない震えを起こして、ハルは今までになく瞳をかっぴらいて叫ぶ。
「やっぱり居るのね……この世界にも、ヤツがっ!」
「それは勿論……ね」
最強の興奮の前にも、不動。
攀じっても容易くは届かない域にて安定しているようなアリスは、今度は違う場所に水を向ける。
それは勿論ここでただ混乱ばかりしているオレでは勿論なく、ハルにでもなくて。
つまり、先から何が起きても気にせずを貫いてばかりの自称《《どこにでもいる》》ような、山田静。
今度こそ、確りオレ達の道先案内人である、《《嘘っこ》》メイドさんを見つめ直して、アリスは訊ねる。
「彼にこの世界を飽きさせないために、私達は頑張っているんだものね……静」
こうしている合間に、ぽろりぽろりと天から魔は堕ちていく。このままアリスが邪魔を続けるならば、きっと地は悲鳴に満ちていくに違いない。
だが、それが彼とやらの飽きにどう繋がるのか。
オレは、誰もが幸せになれると思ってはいないが、それでも誰もが幸せを目指していいと思うし、そんな彼らの夢を軽々と蹴落としていいとも考えていなかった。
だから、人の不幸が蜜となる人間なんて、オレの理解の外であり、もしそれが存在するとしたらなんと邪悪。
「静?」
勿論、そんなのと優しい静が繋がっているなんてあり得ないと思い、でも反論が響かないことに首を傾げるオレ。
だが、もう動かない車のハンドルを握る彼女は相変わらず淡々と。
「ええ。ですのでこれまで通りに、お嬢様たちは犠牲になっていただかなければ困ります」
笑顔で、そう聞きたくもない何かを言ったのだった。
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